JTから学ぶ日系企業のグローバル化のあり方 Vol.1

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日系企業の強みをどう生かすのか

1_shimayoshi_morita2日本たばこ産業株式会社(以下、JT)は、国内の人口減少を見越して、早くから、経営の多角化やグローバル化を進めてきている企業です。現在は、売上の約6割が海外事業であり、社員数で見ても6割程が海外勤務となっています。

そのJTにおいて、日本国内のマーケットに責任を持つ日本本社と並び、海外事業を束ねる世界本社は、スイスのジュネーブに本社を置くJT International社(以下、JTI)です。

今回の対談では、日系企業の中で、グローバル化の一歩も二歩も先んじているJTで人事担当役員をされている嶋吉氏と弊社beyond globalグループ代表の森田との対談をお届けします。

世界の最先端だった日本の生産管理

森田:現在、多くの日系企業では「グローバル化」が重要な経営課題になっています。しかし人と組織のグローバル化という観点では、日系企業は欧米より20年ほど遅れています。日本企業の本社のグローバル化はなかなか難しいですし、海外現地法人においての現地社員のマネジメントもそれほどうまくいっていないケースが多く見受けられます。一方、JTでは早くからM&Aを推進し、現在ではスイスのジュネーブにある子会社のJTIが海外ビジネスを担う体制を築き、グローバル化に成功しています。成功の秘訣はどこにあったのか。海外での生産管理や、M&A後の統合プロセスに携われ、今は人事担当の役員を務める嶋吉さんにお伺いしたいと思います。

そもそも嶋吉さんは新卒でJTに入られ、エンジニアとして働いた後、JTが買収したイギリスのたばこ会社(旧RJRナビスコ社、現JTIを買収する前に取得した小規模なたばこメーカー)に出向されたのでしたね。

嶋吉:イギリスでは工場の生産管理を3年間やりました。当時はサプライチェーンマネジメントがもてはやされた時代で、日本は非常にきめ細かな生産管理をしていました。

森田:当時、生産管理では日本が世界の最先端を進んでいたんですね。

嶋吉:日本人の私から見ると、イギリスの工場では生産管理をしていないも同然でした。工場の倉庫には在庫が10ヵ月分もありました。当時の日本では出荷から小売店までの期間は平均3週間ほどでしたから、これには驚きました。その工場では販売需要予測に応じて製造を調整するという発想がなかったのです。工場はつくりたいだけつくり、売れなければ販売の責任、という感じでした。

森田:なるほど。それは改革のしがいがありましたね。

嶋吉:1_simayoshi2
このままでは駄目だと思って、販売の現地社員に需要予測を出すよう言いました。でも彼らは「販売数はぶれるので
在庫は沢山あったほうがいい」と、私の言うことなどまったく聞きません。そこでつい声を荒げたら、「嶋吉はジェントルマンでは
ない」との噂が広がり、その後の信頼回復が大変でした。生産管理の重要性を必死に現地マネジメントたちに説明しましたが、最後まで納得させることはできませんでした。それには理由があって、その工場は過剰なキャパで設計されていて、注文もないのでとても暇ったからです。

そこで本社に「もっと注文をください」とお願いしたら、今度はさばききれないほどの注文が来ました。しかたがないので当初は工場を週末も稼働させて注文をこなしましたが、その結果、機械の効率も、製品の品質もぐんと上がり、週末の工場稼働も不要になりました。イギリス人はいざとなると底力がある、大したものだと感心しました。

世界本社は日本と海外、どちらに置くべきか

森田:東南アジアにある日系企業の現地法人では、クビにならず降格も滅多にないため、やる気のない現地社員がけっこういます。現地社員は定時に帰り、日本人駐在員だけが遅くまで残って働いていることも少なくありません。このような会社では、「最後は日本人が何とかしてくれる」と思って、ローカルスタッフの能力も責任感も育ちません。現地法人の多くは、将来的にはローカライズしたいと言いますが、担い手となる現地人材が育っていません。JTのグローバル戦略がうまくいっているのは、日本と中国以外の世界中のビジネスを、ジュネーブに本部を置くJTIがオペレーションしている点も大きいと思います。御社が現在のような体制をとったのはどのような考えからですか。

嶋吉:最初から明確なポリシーがあった訳ではないと思います。その時々の合理的な判断の積み重ねの結果ではないでしょうか。

森田:多くの日本企業の本社ではグローバル化が進まず、現地法人のマネジメントも上手くいっていない現状を見ると、JTのように、世界本社は海外に置いたほうが良い気もします。

嶋吉:本社をどこに置くかは、結局のところ本社機能に必要なインフラがそこに備わっているかどうかだと思います。日本企業の本社がなぜ東京に多いかといえば、パートナー企業や外部のアドバイザーなどを含めたステークホルダーが集積しているからです。ではグローバルなビジネスを展開するためのインフラが東京にあるでしょうか。例えば、東京にはイギリスの税制に詳しい会計士や弁護士などの外部パートナーはほとんどいません。シンガポールと比べると、東京はグローバル本社を置くにはインフラが貧弱なのです。

森田:シンガポールにいると確かに世界中の情報が沢山入ってきますね。多民族国家であり、多国籍企業が集積していますから、世界各国の様々な専門家がすぐに探せます。

嶋吉:例えば、インドネシアでビジネスをするとなった時、東京よりシンガポールのほうがインドネシアの事情に精通した専門家がすぐ見つかると思います。外資系企業がリージョンのヘッドクォーターを東京ではなく、香港やシンガポールに置いているのはそのためです。本社をどこに置くかは、単純にそのような各国事情に精通した専門家のインフラが整っているかどうかで決めれば良いのではないでしょうか。

森田:私もそう思います。ただ世界本社を日本以外に置く可能性について、日系企業に話しをすると、「日系企業の本社は日本に置くべきだ」「海外に本社を置くのはけしからん」「日系企業のアイデンティティーが失われる」などの意見が聞かれます。

嶋吉:私はそもそも「日系企業はこうすべき」といった「べき論」は嫌いなんです。「べき論」は思考を停止させるからです。企業経営で重要なのは合理的な判断です。日本企業だから日本にいなくてはいけない合理的な理由はありません。世界を相手にビジネスをするのなら「本社は日本に」などといった不合理なこだわりは捨て去るべきです。とはいえ日本が発祥だというアイデンティティー、会社のフィロソフィーは大切です。逆に言えばそれさえしっかり守っていれば、本社をどこに置いても問題はないのではないでしょうか。

グローバル企業になっても、日系企業が大切にすべき3つのこと

森田:今、多くの日系企業がグローバル化のなかで、自分たちのアイデンティティーを捨て去るべきか、大事にしていくべきかで悩み、方向性を模索しています。そういった意味で、日本発祥のJTが子会社のJTIに注入した日本的なものはありますか。

嶋吉:「品質」「人材育成」「4Sモデル」の三つですね。最後の4Sモデルとは顧客、株主、社会、そして従業員の満足度をバランスよくあげていくことです。そのためには中長期的な視点の経営をしなくてはなりません。コスト削減や今年の損益計算書を良くするために品質を落とし、お客様に離れられては意味がありません。私どもはJTIにも品質向上のために莫大な投資をしました。例えば、R.J.レノルズを買収したあと、ロシアの経済危機でJTIの経営状態は一気に悪化しました。しかしそれに耐えながら設備投資を行い、品質改善を進め、ブランド価値向上の投資を続けました。その結果、経済危機が終わるとJTIの業績はV字回復をしました。その結果を見て、JTIの幹部たちも品質の重要性を認識したようです。

森田:最近は「日本のメーカーは品質過剰であり、消費者はそこまで求めていない」「品質を追求するより価格を下げるべき」といった議論もあります。

嶋吉:確かに日本企業の製品は、品質の高さにふさわしいお代をいただけていないかもしれません。JTの場合も、当初、品質は最高級だけど価格的にはプレミアムより少し下げ、お客様がリーズナブルと感じるラインを狙っていました。そして市場シェアを獲得してプライスリーダーシップを取った後に適正な値付けをしました。どんなに品質が良くても、売れなければ意味がありません。値段と品質のバランスはとても重要です。また工場の生産性を上げ、世界規模でサプライチェーンを絶えず最適化することで、品質を落とさずにコストを下げることは可能です。

森田:JTIにおける人材育成はいかがですか。1_shimayoshi_morita3

嶋吉:外国企業のJTIにはもともと人材育成という発想がありませんでした。必要な人材はそれなりのお金を出して外部から連れてくればいいという考えだったのです。ただし最近は、我々が行っていることを見て、人材育成にも関心を示し始めています。

森田:グローバル企業のJTIは、JTという日本企業の良い部分からかなり影響を受けているのですね。

※Vol.2では、「人と組織のシナジーを生み出す」というテーマでお届けします。

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グローバルリーダーシップ研究所 beyond 編集部
グローバルリーダーシップ研究所 beyondは、日本企業のグローバル化の成功に役立つ「グローバルリーダーシップ」「グローバル人事・組織」「海外赴任・駐在」に関する情報やナレッジを発信します。

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