タイ日系企業の人事制度構築のポイント

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タイにおいて欧米企業やローカル企業との人材獲得競争が激しさを増すなか、多くの日系現地法人が、給与の競争力や人事評価の透明性を高めることを目的として「人事制度」の導入や改善を進めています。

しかし、日本とは異なる文化・歴史・価値観を持つタイでは、日本と同じ考え方に基づく人事制度は必ずしもフィットしません。人事制度は社員の生活やモチベーションに直結する重要な経営ツールであるからこそ、より現地のスタイルに合うものを運用していく必要があります。

ここでは、タイ日系企業にフィットする人事制度について解説します。今まで人事制度を取り入れたことがない企業の方も、また今後の経営において最適な人事制度を考えられている企業の方も、改めて知識を深めてください。

ーー【目次】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1 タイ人材マネジメントの基礎知識
1.1 タイ人の国民性
1.2 日系企業のイメージ

2 タイ現地法の人事制度の失敗パターン
2.1 日本の人事制度を転用している
2.2 給与決定だけのために利用している
2.3 成果主義を重視している

3 タイ現地法人の人事制度ポイント
3.1 ポイント1. 「期待される役割」を明確に示す
3.2 ポイント2. 「ステップアップ」を見える化する
3.3 ポイント3. 「チームワーク」を損ねない

4 最後
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1 タイにおける人材マネジメントの基礎知識

はじめに、タイおいて人材マネジメントを行うために知っておくべき基礎知識について触れていきます。既にタイでの経験が長い方は、読み飛ばしても問題ありません。

 

1.1 タイ人の国民性

タイ人のマネジメントを行うにあたっては、まずタイ人と日本人の違いを正しく理解することが大切です。一般的にタイ人は、仏教国、王国制、階層社会の歴史といったバックグラウンドから、下記のような国民性があると言われています。

・陽気・楽天的である(マイペンライ)
・保守的傾向・階層社会が強い
・信心深く情を大切にし、目上の人を敬う
・人間関係を重視する
・自尊心が高く、面子を重んじる

目上の人を敬う、人間関係を重視するといった点は日本の国民性と近しい印象があります。

しかし、時に日本人以上に上下関係を意識する場面があるなど、異なる部分もとても多く見受けられます。また、例えば陽気・楽天的であるという国民性は、職場内でのコミュニケーションにおいても、日本人とのカルチャーギャップを感じさせる要因の一つになるでしょう。

同時に、上記はあくまで「日本人から見た全体的な印象」である点にも留意する必要があります。タイ人スタッフの全員が同じ傾向を持っている訳ではありませんし、個人が必ずしも上記の自己認識を持っている訳ではありません。

 

1.2 タイにおける日系企業のイメージ

それでは、逆にタイ人の視点から日系企業はどのように見えているのでしょうか。

「Honesty(誠実)」

「Strict(厳格さ)」

「Work in team harmony(チームの調和)」

 

これらは弊社が2016年12月から2017年1月に掛けて実施した調査*において、タイにおける日系企業のイメージとして最も特徴的であるとされたワードです。私はこれらのワードが選ばれた背景として、下記のような日本企業の特徴があるのではないかと考えています。

 

・Honesty(誠実): 贈収賄等の不正の少なさ、礼儀正しさ、親切さ等
・Strict(厳格さ): 標準化された業務プロセス、時間管理・ルール遵守の厳格さ、勤勉さ、清潔志向等
・Work in team harmony(チームの調和): 集団意識、長期雇用と年功序列、福利厚生の厚さ等

 

特に印象的なのは、人間関係が重視されるタイにおいて、日系企業はタイ企業以上に「Work in harmony」に優れると評価されている点です。実際に、弊社が提供している「組織総合診断」サービスの結果においても、タイ人スタッフが理想とする会社文化の一つに「チームワーク」が挙げらることが多くあります。

この点は、日系企業の強みの1つであると言えるでしょう。

*「シンガポール・タイの人材マネジメント調査」。横浜国立大学 服部研究室と共同で実施。上記の5ワードは、タイ企業で働く300名が日系、欧米系、ローカル系企業に対して持つイメージのうち、日系企業に最も強い特徴として現れたものを抽出している。

 

2 タイ現地法の人事制度の失敗パターン

タイへ進出している日系企業は2017年4月1日時点で1,748社(バンコク日本人商工会議所会員数)あるとされています。ローカルスタッフ向けの人事制度を持っている企業は少なくないですが、運用が上手くいっていない企業は数多くあると言われています。我々がお会いするなかで多くお聞きするのは、下記のようなパターンです。

 

2.1 日本の人事制度を転用している

タイ人スタッフの評価を行うにあたり、日本本社の人事制度をタイ語訳してそのまま使用しているケースです。例えば日本の本社の社員に適用している評価項目をタイ工場のワーカーにも適用する、といった例も多くあります。

たしかに日本とタイで全く同じビジネスをしており、マネジメンスタイルや社員に対する期待も同様のときには、特段の問題は生じないでしょう。しかし、実際に現場では、タイ人スタッフから評価基準についての不満がよく挙げられます。それは、「そもそも私はどのような役割と権限が与えられているかが分からない。そのため、どうやって評価されたら良いのかが分からない」というものです。

これは日本の人事制度が、「役割」ではなく「本人の能力」をベースにして社員を評価していることと関連しています。終身雇用のゼネラリスト育成を前提とする日本では、社員の長期的な能力伸長を重視します。一方で、終身雇用を前提としないタイでは、仕事や役割に応じたより短期的なパフォーマンスを重視するため、「与えられた仕事/役割を全うしたか」という観点で評価されたいという意識が高いのです。

役割が明確でないがために、求められる期待値も分からず、パフォーマンスの発揮の仕方がわからない。タイ人スタッフがそのように感じている裏で、日本人マネジメントは「受け身の指示待ち姿勢で全く働いてくれない」と嘆く、と言ったこと生じています。

 

2.2 給与決定だけのために人事制度を利用している

等級や評価の仕組みを整えているものの、それが日本人マネジメント内だけで運用されており、タイ人スタッフがその目的・内容を知らないというケースです。タイ人スタッフに伝えられるのは、給与更改時の「評価結果はBでした」という内容のみ。それがどうやって決められるかと言えば、タイ人スタッフは「日本人マネジメントが目を光らせて決めているのだろう」ということしか知りません。

たしかに給与自体は一定のルールに則って決定されていますので、例えば労使トラブルが発生した際の説明根拠にはなるかもしれません。しかし、スタッフ自身の視点からすると、自分がどうやって評価されているかわからない状態では、透明性がない/納得感がない、といった不満の原因になってしまいます。

また、上記のようにフィードバックがごくシンプルに行われているのは、とても勿体無いことです。スタッフのパフォーマンスを評価するのであれば、結果を本人に伝えることで、成長を確かめられる/改善点を把握できるという育成上の効果も見込めるのです。

 

2.3 成果主義を重視している

ハイパフォーマーの処遇を高め、ローパフォーマーの処遇を抑えるために成果主義を導入するというケースです。例えば個人個人に目標を設定させ、その達成度によって昇給やボーナスの上下差を広げるといった方法が採られます。

導入した結果としてお聞きする声の一つは、目標設定がうまく出来ずに現場が混乱してしまった、というものです。納得感のある目標を設定できなければ、その目標に対する達成度を評価しても、やはり納得でません。賞与や昇給いった金銭に直結する仕組みでもあるため、納得感が低い場合のモチベーションダウンは避けられないでしょう。

また、個人の成果を重視した結果、組織内のチームワークがなくなってしまうケースもあります。チームで協力して成果を出していた組織が、成果主義の導入の従って協力しない/助け合わないことが普通となり、雰囲気が悪くなった。その結果、離職が増えてしまっった、というお話をお聞きしたこともあります。

1.2において日系企業の特徴のひとつが「Work in team harmony」であると記載したように、日系企業に勤務するタイ人スタッフの中には、チームワークを魅力に感じて在籍し続ける人も少なくありません。これに対して、成果主義という異なるスタイルを導入することは、良くも悪くも大きな刺激になることが予想されます。

 

3 タイ現地法人の人事制度ポイント

それでは、タイ現地法人の人事制度はどのように構築していくと良いでしょうか。ポイントとして下記の3点が挙げられます。

 

3.1 ポイント1. 「期待される役割」を明確に示す

2.1で記載したように、人事制度を通じてタイ人スタッフを評価するにあたり、評価の基準としての「期待される役割」を明確にすることが大切です。具体的な設計内容としては、下記の例が挙げられます。

例)役割をベースとした等級体系

「組織内において果たす役割」をベースとした等級の体系を構築します。現状の組織階層や職種別のキャリアステップを考慮しながら、例えばAssistant → Executive → Manager → General managerのような等級名および等級階層数を設定します。

例)役割定義の策定

上記の等級体系に基づき、役割の観点から各等級の要件を詳細に設定します。例えば、組織の方針策定に関わるのか、部下の育成を担うのか、改善業務を担うのか等の要素を個別に明文化していきます

 

3.2 ポイント2. 「ステップアップ」を見える化する

タイでは現在も賃金上昇が続いているものの、工場・倉庫等のワーカー層については給与水準自体が低めであるため、昇給のスピードも抑えられる傾向にあります。また、大卒の優秀な若手社員についても、パフォーマンスに応じた大幅な昇給を提供できるケースは現状で多くありません。

上記のように給与水準面での制約がある場合に有効になるのが、人事制度上において社員の「ステップアップ」の仕組みを用意することです。具体的な設計内容としては、下記の例が挙げられます。

例)キャリアパスの構築

特に専門性を持つ大卒社員や、将来的にマネジメントポジションに就くポテンシャルのある社員に対して、職種別のキャリアパスを明確にして、「何年後にどのグレード上がれる」、「この基準をクリアすればこのポジションに就ける」等の将来の見通しを説明できるようにします。

例)スキル・能力ベースの評価と昇格

ワーカー等の”役割が長期間変わりにくい”職種に対して、同じ役割内におけるスキルベースまたは能力ベースの等級を設定します。そして、スキルアップまたは能力伸長に応じた小刻みな評価と昇格のサイクルを回していきます。これにより、同じ役割/仕事内容であっても経験豊富な目上の人ほど等級が上がる仕組み作り、組織の上限関係を安定させます。

 

3.3 ポイント3. 「チームワーク」を損ねない

1.2および2.3で記載したように、日系企業で働くタイ人スタッフは、人間関係を重視するタイにおいても特に職場のチームワークを重視していることが想像できます。そのため、人事制度を構築するにあたっては、チームワークの強みを活かすような工夫をすることが1つのポイントである言えます。具体的な設計内容としては、下記の例が挙げられます。

例)会社業績に応じた利益配分

売上高、営業利益といった会社全体の業績をもとに、ボーナスの支給月数を全社員共通で決定します。これにより、会社全体での利害共有意識、一体感を醸成します。

例)組織評価

チームや課といった組織単位で人事評価を行い、その結果をメンバー間で平等に昇給や賞与に反映させます。これにより、個人だけでなくチームとして成果を出すことへのインセンティブを高めます。

例)評価フィードバック

マネジメント層だけで人事評価を完結させるのではなく、社員への結果のフィードバックを通して、透明性のある運用を行います。また、フィードバックは期末評価のタイミングだけでなく、普段の業務においても継続的に行います。これにより、上司―部下間の信頼関係を高めながらチームでの成果を高めます。

 

4 最後に

今回は、直近の人事制度構築経験を踏まえた、タイ日系企業の人事制度構築のポイントをご紹介しました。

ポイントと設計内容例については、日本において当たり前とされてきた考え方との比較という文脈から例示しましたが、実際に何が本当にフィットするかについては、会社のステージやビジネスにより異なるでしょう。

本記事が制度構築、見直しの参考となることを願っています。

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グローバルリーダーシップ研究所 beyond 編集部
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