シンガポールにおける組織運営の課題とは?
組織診断から見えるローカル社員の本音

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在星日系企業の経営において、ローカル社員(日本からの駐在員以外の現地採用社員)の採用、教育、処遇、組織活性化といった人事領域は、いつも経営者を悩ませるテーマのひとつです。

多様な人種、文化、価値観を持つ人が入り混じるシンガポールでは、シンガポーリアンだけでなく世界中から労働力が集められるため、仕事に対する価値観もまた多様かつ複雑であることが多いです。日系企業に在籍するローカル社員は、なぜ日系企業を選んで働いているのでしょうか。また、日本人経営層のマネジメントについてどのように感じているのでしょうか。

弊社ではサービスの一つである「組織総合診断」を通して、これまでアジアの多くの日系企業の組織課題を分析してきました。各社の課題は固有かつ複雑ではありますが、シンガポールにおいて実施したケースを総合すると、共通して発生している課題も明らかになってきました。そこで本記事では、これまで弊社が実施した診断の集計結果をもとに、在星日系企業に共通する課題を紹介したいと思います。

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目次

  • 組織総合診断とは
  • 診断結果のまとめ
    • 組織風土分析
    • 組織課題分析
  • 診断結果から分かる強みと課題
    • 強みは「チームワーク」
    • 課題は「仕組みとその運用」と「コミュニケーション」
  • 最後に

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1.組織総合診断とは

組織総合診断は、”組織の課題がどこにあるのか”を明確にすることを目的として実施する従業員サーベイのことを言います。これまでのケースでは、下記のようなニーズによって実施されています。

  • 日本人経営層のマネジメント方針についてのフィードバックを得たい
  • 組織の現地化などの変革を一気に進めるための準備をしたい
  • 社員とのコミュニケーションを確保しにくいので、診断によって本音を聞き出したい
  • 組織を活性化させるために、社員のエンゲージメントを高めたい
  • 会社の雰囲気が良くないと感じるが、原因がわからない

 

診断は、「組織風土分析」、「組織課題分析」、「従業員エンゲージメント分析」、「その他のカスタマイズ分析」の4つのセクションから成ります。各社員はEメールで案内されるURLにアクセスし、上記の4セクションに関する回答をweb上で提出します。所要時間は15~20分程度です。およそ1週間程度で全員の回答を収集し、その後1~1.5ヶ月程で結果レポートを纏めます。

 

本記事では、上記のうち4セクションのうち、「組織風土分析」および「組織課題分析」についてのこれまでの診断結果を記載します。

2.診断結果のまとめ

2-1. 組織風土分析

組織風土分析は、会社が掲げる理念や行動規範とは異なる、”実際の”ローカル社員の組織風土(=カルチャー)を明らかにすること目的として実施します。経営層から見える組織風土と現場が実際に感じている組織風土は、往々にして大きく異なるものです。そのため、経営層の気づかない人間関係や見えない同調圧力を理由に、社員が離職してしまうということが起きてしまいます。

 

この分析では、あらかじめ用意するいくつかのキーワードのうち、「現状の組織風土を表すキーワード」と「理想の組織風土を表すキーワード」を抽出することで、そのギャップを明らかにします。

図1では、シンガポールで抽出された「現状」と「理想」のトップ10を表すキーワードをまとめています。

 

図1: 現状の組織風土、理想の組織風土を表すキーワード トップ10

(太字下線は現状と理想に共通するワード)

理想の組織風土キーワードトップ10 現状の組織風土 キーワードトップ10
1 teamwork 1 teamwork
2 employee recognition 2 limited career path
3 leadership development 3 results orientation
4 fairness 4 job security
5 open communication 5 conflict
6 trust 6 conservative
7 professional growth 7 confusion
8 motivating 8 financial stability
9 continuous improvement 9 long hours
10 flexibility 10 challenging

 

現状と理想を比較すると、1位はともに「teamwork」であることがわかります。これは社員が理想とする状態を既に現状で実現していることを示しており、チームワークを重視する日系企業の働き方が、社員のモチベーション向上に効果的に機能していると理解できます。

 

一方で、残念なことに2位以下については共通するワードが無く、理想と現状のあいだにギャップが生じていることがわかります。ギャップとは具体的にどのようなものなのでしょうか?まず、理想の組織像については下記のように解釈できるでしょう。

 

図2:日系企業で働くローカル社員が考える理想の組織像

  • 「employee recognition」 従業員が会社からきちんと評価され認められている感覚があり、
  • 「leadership development」 リーダーシップ教育の機会が会社から提供されており、
  • 「fairness」 頑張りが正当に評価され昇進や給料に反映される。
  • さらに、「open communication」 ローカル社員が直接、上司に意見を言う機会があり、上司もそれを聞いてくれて、
  • 「trust」 会社や上司・同僚に対する信頼があり、
  • 「professional growth」 この会社で働くことが自分のプロとしての成長につながっていると実感でき、
  • 「motivating」 会社で働くことがワクワクしている、
  • 「continuous improvement」 組織や業務が、継続的に改善されていく風土があり、
  • 「flexibility」 多様な人や文化、または日々起こる様々な出来事における柔軟性ある対応ある組織。

 

一方で、現状の組織風土は、極端に表現すると、下記のような状態であると推測できます。

 

図3:日系企業で働くローカル社員から見た日系企業の現状の組織像

  • 「limited career path」 上司が日本人駐在員や、長期勤務の人で占められており、なかなか昇進ができそうになくて
  • 「results orientation」 結果を出せ出せと言われて
  • 「job security」 でも、(結果を出さなくても)クビにはなりにくく、
  • 「conflict」 社内の対立・政治が感じられ、
  • 「conservative」 意思決定や社内ルールが保守的で、
  • 「confusion」 常に何かが混乱していて、
  • 「financial stability」 会社の業績は安定しているけれども(=給料の支払いは遅れないけれども)
  • 「long hours」 残業が多く、
  • 「challenging」 そのぶん新しい挑戦を与えられる会社。

 

あくまで極端な解釈ではありますが、理想と現状の間には大きな隔たりがあることが分かります。特に現状の組織像については、日系企業で働くことの良い面と悪い面が明確に現れており、ローカル社員の”実際の”認識として示唆に富んでいます。

 

2-2. 組織課題分析

2つ目のセクションである「組織課題分析」は、社員が最も課題と感じる組織・人事施策を特定することを目的としています。

多くの日本人経営者は、この診断を行う時点で特定の課題仮説を持っていますが、それがローカル社員の認識とずれていることも多くあります。この組織課題分析を行うことで、ローカル社員の視点を正しく知り、施策の優先順位づけや最終判断を下すことができます。

 

診断では、組織に関する複数のキーワードについて、”重要度”と”満足度”のレベルを社員にレーティングしてもらいます。その結果を”重要度×満足度”のマトリクスに落とし込み、現状の強みと弱みを可視化します。

 

下記の図2および図3において、ランキング形式でシンガポールのトップ/ワースト5つキーワードをご覧いただきましょう。

 

図4: 重要度トップ5/ワースト5のキーワード

(太字下線は満足度トップ5/ワースト5と共通するキーワード)

重要度
トップ5 ボトム5
1 leadership of MD / Sr. management 1 corporate event / recreation
2 monthly salary 2 child care support
3 bonus / incentives 3 corporate “Way”
4 teamwork within department 4 flexibility of working place
5 fair appraisal system 5 flexibility of working time

 

図5: 満足度トップ5/ワースト5のキーワード

(太字下線は重要度トップ5/ワースト5と共通するキーワード)

 

満足度
トップ5 ボトム5
1 leadership of MD / Sr. management 1 promotion opportunity
2 vision / mission of company 2 fair appraisal system
3 job security 3 benefit package
4 teamwork within department 4 training and personal development support from organization
5 office environment 5 monthly salary

 

結果から注目すべきは、「重要であり満足しているワード」と「重要だが満足していない」ワードです。

 

前者の「重要であり満足しているワード」については、「leadership of MD / Sr. management(MDとシニアマネジメントのリーダーシップ)」と「teamwork within department(部門内のリームワーク)」の2つが重要度、満足度に共通してランクインしています。これらについては社員の評価が高く、日系企業の共通した強みであること解釈できます。ただし、組織によっては、回答者情報の漏洩を恐れた社員が、キーワードを意図的に選択している可能性も否定できません。この点については個別の社員インタビュー等で検証する必要があります。(なお、組織診断自体は原則として匿名で実施されます)

 

一方で、後者の「重要だが満足していないワード」についてはまず、「fair appraisal system」が重要度の第5位に入りながら、満足度のワーストの第2位にランクインしているのが特徴的です。これは、社員が公平な人事評価を非常に重視しているにも関わらず、現状で満足していないということを示しています。従って、人事評価は離職やエンゲージメント低下の要因として最も懸念があるテーマであると理解できるでしょう。

 

また、満足度のワースト1が「promotion opportunity」である点も見逃せません。組織風土分析において「limited career path」が現状の上位に挙がったことと同様に、グラス・シーリング(上位ポジションを日本人駐在員が占めることで、ローカル社員の昇進・昇格が制限される状態)に対するローカル社員の明確な不満・課題意識が読み取れます。

3.診断結果から分かる強みと課題

3-1. 強みは「チームワーク」

上記2種類の診断結果を概観すると、日系企業の強みはまず「チームワーク」であることがわかります。ここには掲載できないものの、各診断で収集したフリーコメントにおいても、「現場のチームワークに強みがある」「直属のリーダーを信頼している」「会社の家族的な雰囲気が好きである」といった声が多く挙がりました。日本的な助け合いの精神や、適材適所によるチームでの業務遂行がうまく機能し、それがローカル社員にも好意的に受け入れられていると読み取れます。

 

3-2. 課題は「仕組みとその運用」と「コミュニケーション」

一方で、課題として浮かび上がるのは、キャリアパスや人事評価といった「仕組みとその運用」、および、経営層と社員や社員間での「コミュニケーション」に関してです。各診断のフリーコメントで見られたのは、「会社の方針が十分に伝えられていない」「他部署との交流がない」「評価プロセスが不透明であり、納得できない」「どんなに頑張っても差がつかないので、モチベーションが上がらない」といった声でした。
組織風土分析においてconflict、confusion、conservativeといったキーワードが挙げられているのは、ひとえにローカル社員による会社方針の理解や、経営層との信頼関係が十分でないことも影響していると思われます。

 

上記の結果から、課題解決のためには、短期的には人事評価制度の構築と確実な運用が有効です。また、単なる仕組みの構築に限らず、運用を通してローカル社員と十分にコミュニケーションを取ることで、「経営陣は社員をケアしている」という点をアピールし、理解を得ていくことが大切であると考えます。

4.最後に

在星日系企業に在籍するローカル社員は、チームワークや雇用の安定といった、日本的経営の良い面を重視して日系企業を選んでいるという側面も強いでしょう。一方で、人材の流動性の高いこのシンガポールでは、優秀な人材ほど、欧米系、ローカル系を含めた他社で勤務した場合の処遇を視野に入れてしまうものです。この点は、優秀なローカル人材を採用し引き留める上でのリスクとして留意すべきポイントの一つと言えます。この記事が組織の改善のための参考となることを願っています。

 

※本記事は、JCCI月報2017年6月号への寄稿の一部を編集して掲載しています

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グローバルリーダーシップ研究所 beyond 編集部
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