タレントマネジメントの要諦は「社員の能力を可視化して、企業戦略に生かす」というものです。
この考えは、日本企業の人材育成と非常に相性がいいと感じています。
ただ、多くの日本企業では、何らかのタレントマネジメントシステムを入れたはいいものの、
ただのデータベースと化しており、その効果が上がっていないという話をよくお聞きします。
タレントマネジメントを人材マネジメントのプラットファームとして組織に根付かせるためには、何が必要でしょうか。
この記事では、本格的に働き方改革を進める上で、また生産性を高めるためにも、
避けては通れない「タレントマネジメント」について解説します。
—-目次———————————————————————————————-
はじめに
1-1. タレントマネジメントの定義
1-2. タレントマネジメントが生まれた背景
2.タレントマネジメントと日本型マネジメントとの違い
3.タレントマネジメントで人材流出を防ぐには
4.タレントマネジメントの壁
5.タレントマネジメント実践度チェックリスト
6.タレントマネジメント導入のステップ
7.ハイパフォーマー向けタレントマネジメントの注意点
8.育成が売りの日系企業こそ、タレントマネジメントを
まとめ
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1-1.タレントマネジメントの定義
タレントマネジメントとは何のことを指すのでしょうか?
まず、世界の主要団体におけるタレントマネジメントの定義を確認してみたいと思います。
SHRM(人材マネジメント協会:世界最大のHRプロフェッショナルの団体)の定義
「人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成・開発、評価、報酬、後継者養成等の人材マネジメントのプロセス改善を通して、職場の生産性を改善し、必要なスキルを持つ人材の意欲を増進させ、現在と将来のビジネスニーズの違いを見極め、優秀人材の維持、能力開発を統合的、戦略的に進める取り組みやシステムデザインを導入すること。」
ATD(人材開発機構)の定義
「仕事の目標達成に必要な人材の採用、人材開発、適材適所を実現し、仕事をスムーズに進めるため、職場風土(Culture)、仕事に対する真剣な取り組み(Engagement)、能力開発(Capability)、人材補強/支援部隊の強化(Capacity)の4つの視点から、実現しようとする短期的/長期的、ホリスティックな取り組みである。」
このように厳密に書くと、長くて、少し理解が難しい定義になりますね。
簡単に言うと、「人の能力等を見える化し、全社視点で発掘・育成を行い、長期的に人を育てていこうとする取り組み」という事になると思います。
1-2. タレントマネジメントが生まれた背景
次に、タレントマネジメントが生まれた背景を説明しましょう。
以前は、企業において人は、「人=単なる労働力」であり、単なるコストだと考えられていました。
そのような考え方を改め、人を「資源」として捉え直すHRM(人的資源管理)に発展し、更にそこから今の時代の変化と共に発展した考え方が、「タレントマネジメント」です。
元々、アメリカでは、労働市場が流動化しており、必要な時に人材を調達し、必要がなくなれば、辞めてもらえばいいという人材戦略が主流でした。しかし、それではなかなかリーダーを任せられる人材がいないということで、内部から選抜した人材に特別な教育を行い、リーダーとして育てていこうとしました。それが「タレントマネジメント」の始まりです。
現在では、幹部候補を育てるという名目のみならず、属性、バックグラウンド、専門の異なる多様な社員を管理し、適材適所の人材配置のもと、企業価値を高めていく、そういった裾野の広い取り組みに変化してきています。
要するに、「人=タレント」として、捉え直し、社員一人ひとりに光を当て、人の能力やスキル、リーダーとしてのポテンシャル等を見える化し、発掘・育成を行い、全社の視点で最適配置を行い長期的に育てていこうという考え方です。
2.タレントマネジメントと日本型マネジメントとの違い
日本型人事マネジメントの限界「平等な底上げ教育」
元々、日本企業では、高度経済成長の市場全体が成長し続けている中で、新卒採用、長期雇用を前提とし、年功序列的に評価を行ってきました。多くは、これまでの人事の経験や勘で人事異動なども行われてきたことでしょう。その中で重視される教育は、全体の底上げ教育。大量に採用し、同じ教育を施し、年功が重視されるため、評価の仕組みも曖昧な、平等曖昧型マネジメントが、逆に多くの人のモチベーションを下げない仕組みになっていました。
平等曖昧型のマネジメントでも、「真面目に一生懸命働くことが美徳」という価値観が日本にあることから、多くの人が真面目に一生懸命働いていました。
しかし、今や、高度経済成長時代は終わり、真面目に一生懸命働いても、報われない事が増えてきて、頑張っても頑張らなくてもあまり評価や報酬に差がつかない状態では、優秀で頑張っている人ほど、虚しくなってきたり、馬鹿らしくなってきたり、将来に不安を覚えて辞めてしまうという事が起きてきます。また、逆に、頑張らない人は、益々、会社にしがみつき、ぶら下がる社員が増えてくるという側面もあります。
*私の著書『「どうせ変わらない」と多くの社員があきらめている会社を変える組織開発』に詳しく記載しています。
タレントマネジメントの一番の効果は経営幹部候補育成
タレントマネジメントは、社員一人ひとりに光を当てるためのものに進化していると前述しました。その中でも、企業の中で、最も重視されるのが、経営幹部候補層です。もともとタレントマネジメントは、アメリカの幹部候補育成のためにスタートした歴史的背景があります。
アメリカ型のタレントマネジメントでは、将来のリーダー候補を早期に選抜を行い、将来のキャリアについての話し合いをして会社の期待とすり合わせたり、ある種のエリート教育を行ったり、抜擢人事を実行したりします。それによって、リーダーや将来の経営者の素質のある人を長期的に会社に残ってもらい、長く活躍をしてもらうことを意図しています。
そもそも、マネジャーの育成と、経営者の育成は、実は根本的に異なります。組織行動学者のハロルド・J・レビットは、「リーダー(経営者)とは道を切り開く人であり、マネジャーとは問題を解決する人である」と言っています。リーダー(経営者)は、新たな事業の可能性を見い出したり、会社のビジョンを構築し、戦略的にリソースを集中させるものを決め、他のものを捨てる判断をする人です。マネジャーは、目の前にある課題を解決し、実行する人です。優秀なマネジャーだからといって、必ずしも、優秀な経営者になるとは限りません。
だからこそ、社内の中で、優秀な経営者になる可能性のある人は、選抜的に、他の人とは違う育成をしていく必要があるという考え方で、選抜型人材育成の一貫として、タレントマネジメントの概念が発展してきました。
3.タレントマネジメントで人材流出を防ぐには
なぜ、タレントマネジメントをしないと、優秀な人ほど、会社を辞めてしまうのでしょうか?この章ではその理由を掘り下げてみたいと思います。
働く目的・意義を見失う
生活が豊かになり、誰もが、そこそこ平和に生きていける時代や、生き方の選択肢が数多くある時代には、一般的に、より「働く目的」や「意義」が重視される傾向が高まると言われています。仕事をする中で、いくら活躍して、周りから褒められたり、高い給与をもらったとしても、自分がこの仕事に意義を感じなくなったら、最近のある程度、自信のある若者は辞めてしまう傾向があります。
将来への期待(会社への期待と個人のキャリア期待)が見えない
会社が今後、どうなっていくのか。そこに希望や夢を抱くことができるかどうか。また、自分自身が、この会社にいることで、どのように成長できるのか?という成長イメージが湧くようなキャリアが想像できるかどうかは、優秀な人にとって非常に重要な要素となります。
自分の将来の市場価値が不安
転職が普通の時代には、自分が将来、どのような市場価値(マーケットバリュー)のある人間になれるかどうかも重要な要素です。
トランスペアレント(透明性)で、納得感のある評価制度が整備されていない
①貢献が認められない
貢献を幾らしても、適切に認められた感じがしなかったとしたら、なかなか頑張り続けることは難しいでしょう。特に、人が転職するのが普通の時代には、優秀な人ほど、適切に貢献が評価されるかどうかを、シビアに見ています。
②納得感のある報酬がもらえない
評価がきちんと報酬に連動しているかどうかも重要なポイントです。特に海外においては、給与額を社員同士でオープンにすることも多々あります。そのような時に、なぜこの報酬差なのかが、それなりに納得できるような透明性のある(トランスペアレントな)評価・報酬の仕組みがあるかどうかは重要なポイントです。
③マーケットバリューに合致していない
社内での報酬差だけではなく、優秀な人は、外部での自分自身の市場価値を気にしています。社外でのマーケットバリューを意識して、転職エージェントに定期的に確認している人もいます。外部のマーケットバリューと著しく差がある場合は、要注意です。
4.タレントマネジメントの壁
日本企業の中には、まだまだ、人を選抜して、一部の特定の人に対して、タレントマネジメントを本格的に導入することに躊躇がある人は多くいます。その躊躇する人が陥りがちな典型的な考え方をここでは紹介します。
選抜や抜擢人事をすると、他の人のモチベーションが下がってしまうのではないか
選抜や抜擢人事をしてしまうと、逆にそれに選ばれなかった人のモチベーションが下がってしまい、全体的に、選ばれなかった人の割合の方が多くなってしまうという考え方があります。しかし、逆に抜擢をしないと優秀な人が先に「辞めるリスク」が高まるということをきちんと理解しなければいけないでしょう。
透明性のある選抜基準が重要
選抜や抜擢人事をした時に、なぜこの人が選ばれたという理由が、きちんと人事制度の仕組みで説明できるということが重要です。この仕組みがブラックボックスだから他の人のモチベーションが下がってしまうということが起きるのです。あの人はこういう基準で選ばれたんだと明確にわかれば、他の人も納得します。また、他の人の中には、次回こそは選ばれるためにということで頑張る人も出てくる可能性も高まります。
メリハリのある評価をつけると、フィードバック時のコミュニケーションが大変そうだ
メリハリのある評価を被評価者の本人に評価結果をフィードバックするのは工夫や配慮が必要です。だからと言って、評価結果をフィードバックしないと、誰しもが自分自身の事を客観的に見ることは難しくなり、成長が止まってしまいがちです。また、成長意欲の高い人にとっては、自分の課題と強みを常に客観的にフィードバックされる環境は魅力的に感じる傾向があります。評価結果を明確にフィードバックすることで、今まで以上に、人のパフォーマンスを引き出すことが可能になります。
育成は、全員平等にすべきだという「平等主義」
社員を平等に扱わないといけないという囚われはまだまだ日本の会社に根強く残っています。もちろん、機会はある程度、平等に与えられるべきだと思いますが、平等にこだわりすぎて、会社の今後をリードしてくれる次世代リーダー層の育成や、リテンション(雇用維持)を怠っては、今後の会社の成長に大きなダメージがあるのではないでしょうか?会社のリソース(資金や人)も限られています。機会を積極的に活かし、成長していくことを望む社員に投資をしてみては如何でしょうか?
社員は、配属部署の所有物だという中間管理職レベルの暗黙の意識
会社によっては、優秀な部下を手元に置いておきたいという中間管理職が、将来有望な若手・中堅社員の将来性を潰してしまうということが起きています。将来有望な若手・中堅社員は、会社全体で、育てていく全社最適で、長期最適な視点が求められます。
事業の現場側が強くて、人事側が現場に強く言えない
現場が強く、人事が全社最適・長期育成の視点から、有望な若手・中堅の人事異動を試みようとしても、現場の中間管理職から、「そんなことをしたら、仕事が回らない。お客様からクレームが来てしまう。」などと言われ、阻まれてしまうという事がよく起きます。しかし、それでは、有望な社員の将来性を潰してしまい、最悪の自体としては、その社員自体が辞めてしまうということも起きてしまいます。更に上層部に働きかけるなどをして、全社最適・長期最適の視点から、戦略的に動くことが求められます。
5.タレントマネジメント実践度チェックリスト
現在、あなたの会社がどのくらい、タレントマネジメントを実践できているかを確認してみましょう。
□社員のキャリア履歴情報のデータベース化がされている
□社員のキャリア履歴情報のデータベース化がされている □社員のスキルや経験の見える化がなされている □キャリアパスが体系化されており、社員に明示されている □現場の中間管理職が、十分に育成への理解をしており、職場間異動への理解がある □トランスペアレントな(透明性のある)人事評価の仕組みがある □中間管理職内で、評価者会議が行われている □部門を超える人材配置が行われている □部門を超えたタレントマネジメント会議(人材活用会議)が定期的に実施されている |
全てYESになった会社は、十分にタレントマネジメントが実行されていると言えます。
YESにならなかった項目がある方は、まだまだこれから、タレントマネジメントの要素を強化していく余地があります。
6.タレントマネジメント導入のステップ
タレントマネジメントを導入しようとすると、何からどう始めればいいのでしょうか?
多数の企業にタレントマネジメントを導入してきた経験から、基本的な流れに基づいて紹介します。
step1 人材の見える化(データベース化)
タレントマネジメント導入に際して、人事情報が一元管理されていない場合、それらを取りまとめて管理するためのタレントマネジメントシステムの導入から入るケースが一番多くなっています。その上で、蓄積された人事情報を元に人材配置や、タレントマネジメント会議を行う必要があります。
step2 タレントマネジメント会議の実施
全体最適を考えた適材適所(部門を超えた人事異動含む)の実現
次に、今後の次世代リーダー、次世代経営者候補となるタレント人材を選抜しましょう。また、その人達を選抜し、育成プランを考えたり、適材適所を実現するためのタレントマネジメント会議を実施しましょう。
タレントマネジメント会議では、マネジメント層と中間管理職層が、タレントの育成のために、何をすべきかをとことん話し合い、場合によっては、修羅場経験をさせる事を意図した、部門を超えた人事異動も実現させましょう。
step3 選抜された社員(タレント)への個別キャリアパスの提示
選抜された社員(タレント)に、会社からの期待を伝え、今後考えられるキャリアパスを、時間軸の期待も含めて話をしてみて、本人の意向とのすり合わせを行いましょう。
step4 タレントとのOne on One ミーティングの定期的な実施
本人との面談(One on One ミーティング)は、1回のみならず、定期的に開催し、本人のキャリアへの意向に変化がないか、何か障害となるものがないかを確認したり、問題解決をしていきましょう。
step5 メンター制度の活用
上司と本人との面談では、本音が引き出せないケースもあります。
上司とは別に、直属の上司ではないメンターを任命し、本人の相談にざっくばらんに乗る制度を構築しましょう。
タレント社員の精神的状態をモニタリングし、何か問題が見つかれば、アクションを取っていきましょう。
step6 透明性のある(トランスペアレントな)人事評価・報酬ルールの整備
優秀な社員に残ってもらうためには、透明性のある、納得感のある人事評価・報酬ルールが必要です。
後出しジャンケンではなく、最初に、どういうルールで評価・報酬が決まるのかをある程度、分かる形で整備し、頑張ろうという仕組みを整備しておくことが重要です。その際に、「成果を見える化」する事が非常に重要になります。
日本人は、制度がなくても頑張ることがよくありますが、日本企業において、マイノリティ(少数派)である日本人以外のタレント社員には、透明性のある人事評価・報酬制度は、必須です。
メリハリのある、納得感のある人事評価の実施
透明性のある人事評価・報酬制度が導入されたとしても、運用がきちんと適切にされないと納得感が醸成されません。
きちんとメリハリのある人事評価を実施するために、評価の甘辛調整会議なども含めて行いましょう。
7.ハイパフォーマー向けタレントマネジメントの注意点
今、世界中で人材争奪戦が行われています。
ハイパフォーマーは自分が市場からどれくらい評価されていることを敏感に感じ取り、社内での評価と開きがある場合、すぐにスカウトマンとの情報交換を行います。
そもそもlinked inや大学などの横のつながりを通して、常時自分のスキルやキャリアを公開し、それにどれくらいの値がついているか、あらゆる指標を自分で把握しています。
社内でそんなハイパフォーマーがいて、今後も自社で活躍してもらいたいと考えているなら、人事は何としてでも、しかしあくまで本人の意向が重要、というスタンスを持ちながら、
つなぎ留めなくてはいけません。そのハイパフォーマーを身内だからとあぐらをかいたり、事業部の人間だからと部署に丸投げしていてはいけません。その両方ともハイパフォーマーにはいわば、放置、会社は自分をそこまで見ていない、というふうに見えています。
人事から積極的にアプローチし、現状の満足度、将来の仕事の方向性を本人から直接確認し、会社としてどんな成長機会を提供できるか部署を超えた視点で見せてあげる必要があります。
マネジメントの経験や海外業務などを含めたストレッチアサインメント(少し背伸びをした仕事を任せること)を検討していく必要があります。
重要なのは、ハイパフォーマーの心を離さないことです。
8.育成が売りの日系企業こそ、タレントマネジメントを
欧米企業は、短期で成果を出せる即戦力を外部調達するのに対して、日系企業は、組織の中枢人材は内部で長期育成をしてきました。しかし最近は、欧米企業でも優秀な人材は、タレントマネジメントで、長期的に育てていこうという育成が注目されてきています。その一方で日系企業では、短期成果を求めるあまり、人材育成がおろそかになっている傾向が見受けられます。
これは、日系企業の強みが失われている由々しき事態だと感じています。
社員一人一人に光を当て、特に埋もれた優秀な人材を発掘、育成していくタレントマネジメントは、日系企業の元々の強みであった育成文化を最大限に活用できます。
今後、世界に対して、この強みを発揮していくべきではないでしょうか?
タレントマネジメントで企業戦略が加速する
これまで述べてきたように、タレントマネジメントは、今後の人事戦略のプラットフォームとなるものです。
会社側から社員を見たとき、リーダー候補なのか、専門家候補なのか、ケアが必要な時期のなのか等を客観的に見ることできます。
「人がいないんです」と困って初めて気づくのではなく、「数年後に注力したいこの事業にはこんなチームが必要だが、こんな人材は社内にいるか?」と前もって準備することができます。
社員側から会社を見たとき、自分はどんな役割を期待されており、何をしたら最も評価されるのか、時間に制約がある社員なら、何に最も注力すべきか、それが明確になります。
働き方改革は、企業と働く側がかみ合うことが何より大事です。
タレントマネジメントを使って、社員という資産を輝かせていきましょう。
森田 英一
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