はじめに. 海外現地法人の「現地化」の落とし穴
欧米からアジアへの経済力のシフト、急速に進む技術革新、日本が抱える少子高齢化問題、という流れにより、日系企業の「グローバル化」は急速に推し進められています。事業の「グローバル化」を進めていく中で、同時に出てくる経営課題は、「どう現地化(ローカル化)を進めるか?」という点です。
現地化(ローカル化)とは、「海外に設けた現地法人をそれぞれの地域的特質に対応した方法で運営すること」と定義します。
進出する日系企業がこれまで、
・商品の現地化
・製造の現地化
・開発の現地化
・販売の現地化
など多くの「現地化」を進めてきました。
しかしながら、その「現地化」を推進してきたのは、日系企業の駐在員、つまり「日本人」が主導です。日系企業の海外現地法人は、日本人が頑張る型の組織構造が主流であり、結果、「人材の現地化」が出遅れているのです。
<目次>
はじめに. 海外現地法人の「現地化」の落とし穴
1.「人材のグローバル化」VS「人材の現地化(ローカル化)」
2.海外現地法人の「人材の現地化」に向けた負のスパイラル
3.「現地化レベル」チェックリスト
4.「現地の労働市場」を理解する
5.「日本人」と「外国人」のベースの考え方の違いとは
6.「人材の現地化」を進める3つのキーファクター
6-1. ローカルスタッフのエンゲージメントを高める「人事制度」
6-2. 優秀なローカルスタッフを可視化する「タレント・マネジメント」
6-3. 現地化を後押しする「日本本社の役割」
7.最後に
1.「人材のグローバル化」VS「人材の現地化(ローカル化)」
急速に進む「グローバル化」の流れの中で、拠点を超えて組織をマネジメントできるような人材は限られ、また、海外に派遣する駐在員一人に対してのコストは、日本勤務時よりも2倍以上かかってくるケースも多々あります。
同時に、日系企業の進出が進む東南アジアにおける最低賃金は年々上昇し、現地での人材コストは高まるばかりです。
グローバル化の流れの中で日系企業の新興国をターゲットとした海外展開は今後も続き、それをマネジメントできる「日本人のグローバル人材育成」はHRにおける主要テーマとなっていますが、それと同時に、これまで日本人が担ってきた権限を移譲できる「ローカル人材育成」は経営における主要課題となっていくのです。
2.海外現地法人の「人材の現地化」に向けた負のスパイラル
しかしながら、「人材の現地化」は一長一短では解決できない課題です。私は、タイを主軸に日系企業の組織・人事コンサルティング、人材育成のご支援をしておりますが、経営者様・人事責任者様とお話しする中で、
・「大手日系企業・欧米企業の進出が進み、優秀な人材が獲り合いになっている」
・「組織を任すことができるマネジャー・リーダー層が育っていない」
・「若くてやる気のある社員から辞めてしまう」
・「ローカルスタッフが指示待ちで、主体的に動いてくれない」
という人事に関する悩みは尽きません。
つまり、
1.いい人が採用できない
2.いい人が育たない
3.いい人が育ったら辞めてしまう
という「負のスパイラル」を繰り返しているのです。
3.「現地化レベル」チェックリスト
では一度、あなたの会社の「現地化レベル」を見ていきましょう。
❑経営戦略を決める会議は、日本人駐在員のみで行っている
❑人事制度は、日本本社の制度を流用して活用し、最終評価は日本人のみで実施している
❑営業数字の割合は、日本人営業社員が7割以上占めている
❑海外他拠点の事業戦略や方針をローカルスタッフが理解していない
❑OJTトレーナーは日本人駐在員のみである
❑ローカルスタッフ向けの各等級における研修体系が整備されていない
❑成果に応じる給与の昇給率がほぼ全社員一律で差がつかない
上記のチェックリストにおいて、4つ以上チェックがついた場合は、「人材の現地化」がまだまだ進んでいない可能性があります。
4.「現地の労働市場」を理解する
「人材の現地化」を推進するにあたり、その地域の労働市場をまず理解する必要があります。では、タイを例に新興国(ASEAN)の人材マーケットを見ていきましょう。
昨今のタイの労働市場を表すキーワードとして、
1)年間15%を超える高い離職率
2)1%以下の失業率
3)平均5%を超える高い賃上げ率
4)ストライキを始めとする労使紛争の多さ
5)女性の社会進出
などが挙げられます。
東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国に進出している日系企業数で、タイは4,567社(2015年JETRO調査)で一位です。
しかしタイに進出している日系企業の目的は、コスト重視で進出してきていることが多く、「商品の現地化」「製造の現地化」などは推進して来ましたが、そもそも「人材」に対する期待や関心が低い状況からのスタートになっています。
5.「日本人」と「外国人」のベースの考え方の違いとは
ココで、「日本人」と「外国人」の「働く」ことに対するベースの考え方の違いを見ていきましょう。
一般的に、「働く」ことに対するベースの考え方として、
日本人:会社に入社する(就社)
外国人:職に就く(就職)契約
の違いがあります。
その背景として日系企業は、「終身雇用」「年功序列」「企業別組合」をベースにこれまで経営しており、新卒一括採用で、社員には会社にコミットすること(貢献すること)を求められてきました。
一方で欧米企業を始めとする外資系企業は、一言で言えば「成果主義」をベースに経営しており、個人主義で、一人ひとりの成果(パフォーマンス)が強く求められるため、職務に就く意識が強いとされています。世界的に見ても日本人のベースの働く考え方は特殊であると言われおり、日本人が外国人をマネジメントする際に、価値観の違いが生まれやすい由縁です。
6.「人材の現地化」を進める3つのキーファクター
6-1. ローカルスタッフのエンゲージメントを高める「人事制度」
上記で「日本人」と「外国人」のベースの考え方の違いを説明しましたが、社員のエンゲージメントを高める人事制度においても日系企業は特殊です。
日系企業の人事制度は、人を重視する「職能等級制度」が主流であり、「企業は人なり」の思想に基づき、能力のある社員を処遇していく制度ですが、能力を評価する基準が抽象的で曖昧になりやすく、年功序列に陥りやすいデメリットを有しています。賃金変動も大きく、離職率が高いASEANの人材マーケットにおいて、この制度をそのまま導入した結果、頑張りによって差がつかず、年功序列の処遇となり、その結果、優秀な人材から辞めていく要因になっています。
弊社は、日系企業で働くローカルスタッフの本音の声をインタビューさせて頂く機会が多いのですが、
「評価結果が曖昧で納得感が全くない‥」
「いくらがんばれば昇格(昇給)できるのかが分からない‥」
「年功序列で、頑張りと報酬が連動していない‥」
という人事制度に関する不満の声を良くお聞きします。
「人を重視する」人事管理のメリットを残しながらも、ローカルスタッフの頑張りと評価が連動する仕組み、フェアな評価と納得度の高いフィードバック、適正な報酬水準など、「人事制度」の整備は今一度必要になっています。
6-2. 優秀なローカルスタッフを可視化する「タレント・マネジメント」
次に、「人材の現地化」を推進するにあたり、「人の見える化」つまり、「タレント・マネジメント」の重要性を見ていきましょう。
※タレント・マネジメント
人材の採用、選抜、適材適所、リーダーの育成・開発、評価、報酬、後継者養成等の人材マネジメントのプロセス改善を通して、職場の生産性を改善し、必要なスキルを持つ人材の意欲を増進させ、現在と将来のビジネスニーズの違いを見極め、優秀人材の維持、能力開発を統合的、戦略的に進める取り組みやシステムデザインを導入すること。
これまで日系企業の人事制度の仕組みを見てきましたが、「平等・曖昧主義」に陥りやすい人事管理の仕組みのため、一律平等の評価・育成機会を提供しているあまり、優秀な人材が組織の中で埋もれている可能性が高いと感じています。
「タレント・マネジメント」の一環で、
1)ローカルスタッフの能力の可視化(アセスメントの提供)
2)教育や処遇による選択と集中を実現することにより、優秀な人材を逃がさない仕組み
3)採用履歴・離職パターン・人材育成の効果など履歴を残し、長期的に人材を育成する体制の構築
4)優秀な人材は抜擢し、新プロジェクトのリーダー抜擢やリージョンレベルでの人材のローテーション
などを通して、いい意味で「違い」をつけていく仕組み創りが必要になっています。
6-3. 現地化を後押しする「日本本社の役割」
最後に、現地化を後押しする「日本本社の役割」を見ていきましょう。
海外現地法人の社長(駐在員)は、
1)現地法人のトップとして複数のローカルスタッフをマネジメントする立ち場
2)日本本社に数名の上司がいる部門長クラスの一人
という2つの側面を有しています。
よって、海外現地法人の社長は、本社と密にコミュニケーションし、現地の情勢を伝達する役割を有し、日本本社は現地の課題に対して、金銭的支援・人的支援をする体制を創る必要があります。
また、日本本社は、各拠点で起きている成功事例を集約し、「現地化」に向けた変革ナレッジを共有するコミュニケーションのハブ機能が求められています。
7 .最後に
これまで「現地化」に向けたアプローチを見てきましたが、あくまでも「人材の現地化」は一つの手段です。
「現地化」が失敗する事例として、「人材の現地化」をすることが目的となり、本来の日系企業の良さ(家族的経営やチームワーク重視、人材育成に重きを置いている点など)を捨て、ローカルスタッフに権限を全て移譲してしまっては、日本本社のハンドリングも難しくなり、本末転倒になります。
目的は、企業として「各拠点が成果を上げること」であり、そこで働く社員が「モチベーション高く組織にコミットしていること」に尽きます。
また国によって、宗教、文化、風習、価値観、慣習、言葉など、あらゆる違いがありますし、ASEANという地域連合のくくりの中でも、インドネシアのような「内需マーケット国家」から、シンガポールのような「外需マーケット国家」の違いがあり、国によって「現地化」すべきレベルも異なってきます。
「現地化」に終わりはなく、各拠点をマネジメントしていく、「本社機能」の難易度が高まり、今まさに変革が求められています。一つの変革の流れとして、海外現地法人の成功事例(組織変革事例)を日本本社に逆輸入し、海外拠点(辺境)から本社(本丸)の意識を変えていくというアプローチが増えています。
これまでも変革というのは、辺境から本丸へという流れで起きてきたのですから。
増田 賢一朗
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