シンガポールにおける賃金決定のポイント

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海外現地法人のマネジメントにおいて頭を悩ますテーマの一つに、「ローカル社員の賃金決定」があります。月給や賞与はどのようなルールで決定すれば良いか、ローカル社員は賃金のどの部分に最も関心があるのか、賃金交渉の際に何を説明すれば納得してもらえるか等々。日本と異なる文化を持つ海外では、賃金についても異なる慣行を持つことがほとんどです。

賃金は社員の生活や働くモチベーションと密接に結びつくため、現地の慣行に合った適切な方法で支給していくことが非常に大切です。日本の慣行を重視して支給している、または根拠の無い方法で支給額を決定しているといった場合、長期的にローカル社員との信頼関係を損ねることになり兼ねません。また、シンガポールでは政府機関が賃金決定のガイドラインを打ち出しており、これを押さえておくことも求められます。

この記事では、シンガポールにおける企業の賃金決定のポイントについて解説します。これまでの支給方法を見直したい経営者の方も、または今後シンガポールへの進出を検討している方も、改めて知識を深めてください。

 

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目次

  • シンガポールでの賃金決定が難しい理由
  • シンガポールの賃金決定のポイント
    • 一般的な賃金項目
    • ベースサラリーの設定
      • 賃金レンジの設定
      • 昇給率の設定方法
    • AWS
    • FWS
      • AVC
      • MVC
      • Narrowed Salary Max-Min Ratio
    • 賃金の支給時期
    • 給与のメリハリのつけかた
  • 最後に

 

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1.シンガポールでの賃金決定が難しい理由

“The 2017 Hays Asia Salary Guide”内の調査によると、社員が転職を決める理由の上位に挙げられるのは、日本、シンガポールともに「Salary or benefit package(給与や福利厚生)」であるとされています。しかし、この選択肢を選んだ人の割合は、日本が49%であるのに対して、シンガポールは71%と、大きな差がついています。日本よりもシンガポールのほうが、”より良い待遇”への関心が高く、これを求めて転職する傾向があると分かります。
この背景は様々考えられますが、日本との比較という意味で特徴的なのは、シンガポールにはいわゆる長期雇用の保障がない(=転職が容易な)社会であること、また社会保障がシンプルである点が挙げられるでしょう。自身が稼げるうちに、少しでも多くの賃金を得たいという意識が、日本よりも強くあると感じます。
シンガポールではこうように賃金への関心が高いが故に、賃金水準が離職・人材流出の直接的な原因となりやすいのです。そのため、賃金水準の検討にあたっては、より慎重な議論が求められます。

2.シンガポールの賃金決定のポイント

2-1. 一般的な賃金項目

シンガポールにおいても、賃金として支給される項目は日本と大きく変わりません。基本給(ベースサラリー)は毎月支給され、その水準は年1回改定されるのが一般的です。また、期末には会社業績や個人業績に応じた賞与(ボーナス)が支払われます。
日本と異なる点と言えば、まずAWS(Annual Wage Supplement)の支給があることです。こちらについては3にて解説します。また、諸手当については、日本企業でよく支給される生活関連手当(住宅手当、家族手当、こども手当等)がシンガポールでは一般的でない点が挙げられます。これはシンガポールにおいては賃金が主に担う仕事内容や役割を根拠に決定されるため、生活保障の意味合いが薄いことが背景となっています。

 

2.2 ベースサラリーの設定

ここでは、ベースサラリー設定のポイントについて、賃金レンジおよび昇給率の2点に絞り解説します。

2.2.1 賃金レンジの設定

賃金レンジとは、等級やポジション別に設定されるベースサラリーの下限金額と上限金額の幅のことを言います。例えば、マネージャーのレンジはSGD5,000~7,000、スタッフのレンジはSGD2,000~3,000というように、”各等級・ポジションの処遇にふさわしい”金額を定めることで、同一等級・ポジション内での無尽蔵な昇給や、それによる賃金の逆転現象(=上の等級・ポジションの社員の賃金が下の等級・ポジションの社員の賃金を下回る)を防ぐことができます。
シンガポールには日本と異なり転職が当たり前の文化があるため、賃金レンジの設定においては、社内の等級・役職の上下感だけでなく、外部水準のベンチマークが欠かせません。社外の同一ポジションの賃金水準を考慮せずに賃金レンジを設定した場合、他社と比較して給与が低いことを理由にした離職のリスクが上がってしまいます。また、担っている仕事内容に対して”払い過ぎ”の社員が出てくる可能性も上がります。
ベンチマークの方法としては、有料の給与サーベイを利用することもできますが、シンガポール政府による無料のベンチマーキングツールや職業別の賃金調査結果を活用することも可能です。

(参考)
Benchmarking Tools
http://stats.mom.gov.sg/bt/Pages/Home.aspx

Occupational Wages 2016
http://stats.mom.gov.sg/Pages/Occupational-Wages-Tables2016.aspx

 

2.2.2 昇給率の設定

現在でも賃金上昇が続くシンガポールにおいて、自身が今年に何パーセント昇給できるかは、従業員の大きな関心事です。シンガポール政府およびNWC(National Wage Council)は毎年、「Report On Wage Practices」や「NWC Guidelines」等により直近の賃金上昇の状況や賃金支給のガイドラインを開示しており、従業員のなかにはこれらに目を通したうえで昇給交渉に臨む人もいます。
そのため、昇給率は上記のような開示情報を基礎として、会社の業績を加味しながら検討していくこととなります。また、最終的な個人の昇給率は、求められる役割の大きさや評価結果等の個人のパフォーマンスを加味して決定します。その際には、一人ひとりに対して「なぜあなたはこの昇給率なのか」について納得感のある説明をすることが肝要となります。例えば、シンガポール全体の賃金上昇が見込まれ且つ会社業績も上がったときに、自身の昇給率が前年と同じだとしたら、従業員としては不満を感じずにはいられないでしょう。

2.3 AWS(Annual Wage Supplement)

AWSとはAnnual Wage Supplementの略で、別名として13ヶ月目の給与(the 13th month payment)とも呼ばれています。これは、毎年末にベースサラリーの1ヶ月分に相当する金額を従業員に支給する慣行のことです。もともとは、年間を52週、1ヶ月を4週としたときに、12ヶ月で48週分の給与が支払われるとことから、残りの4週分を年末に補うために支給されるようになったとされています。
AWSはシンガポール内で広く認知されており、多くの在星日系企業が賃金体系に組み込んでいます。ただし、シンガポール政府によると、1ヶ月分の支給は必須ではなく、仮に賃金体系に組み込んだとしても、会社業績が悪化した際には減額することが可能です。実際に社員の関心が高い要素であるため、特にローカル社員の比率が高い場合は導入が推奨されます。

2.4 FWS

FWSとはFlexible Wage Systemの略で、シンガポールにおいて賃金決定の際に導入が推奨されるシステムのことを言います。
日本と同様にもともと年功的な昇給が当たり前だったシンガポールでは、以前より、年功的に昇給を重ねた労働者の賃金が、結果的に企業全体の生産性を下げているという点に問題意識が持たれていました。加えて1997年のアジア通貨危機で多くの企業が経営難に陥ったことも影響し、賃金決定の柔軟性を上げることのできるFWSが推奨されるようになったのです。これにより、企業に対しては業績に応じた人件費のコントロール、労働者に対しては、仕事内容やパフォーマンスに応じた賃金の競争力確保、およびスキルアップによる(=年功によらない)昇給が後押しされることとなりました。
FWSの要素としては、下記の3点が挙げられます。これらは対応が強制される訳ではありませんが、「Report on Wage Practices 2016」において纏められた調査によると、回答者のうち4%が、所属する組織においてこの3点のうち少なくとも1つのシステムが導入されていると回答しています。

2.4.1 AVC

AVCはAnnual Variable Componentの略で、いわゆる”会社/個人のKPI(重要業績指標)に連動したボーナス”のことを言います。ここで言う会社/個人のKPIは具体的に指定されているわけではなく、利益、売上、市場シェア、成長率、ROE、ROIから従業員満足度まで、組織と個人のパフォーマンスを測定する指標が汎く対象となります。日本においても会社/個人の業績を加味してボーナスが支払われるのは珍しくないため、日系企業にとっては馴染みやすい要素であると言えます。
先述の調査では、回答者のうち5%が、所属する組織においてKPIとボーナス額が接続されていると回答しています。

2.4.1  MVC

MVCとはMonthly Variable Componentの略で、ベースサラリーのうち、会社業績が悪化した際に減額できる部分のことを指します。通常はベースサラリーの最大10%程度を設定し、業績悪化によりコスト削減が必要になった際に、この一部または全部を、従業員の雇用を守る目的で削減します。(反対に、残りの90%はMonthly Fixed Componentと呼ばれます)
先述の調査では、回答者のうち5%が、所属する組織においてMVCが導入されていると回答しています。

2.4.3 Narrowed Salary Max-Min Ratio

同一職務または同一等級内で長期間にわたり昇給され続けるのを防ぐことを目的として、各職務・等級の給与レンジの下限値と上限値の比率を、5倍またはそれ以下に抑えるという原則のことを言います。例えば、Managerの給与の下限値がSGD4,000であるとき、上限値は最大でSGD4,000*1.5=SGD6,000までとされます。ちなみに、SGD4,000からスタートして毎年3.5%ずつ昇給すると13年目、4%ずつで12年目に上限(SGD6,000)に達する計算となります。
このルールにより、年功的で永続的な昇給がなされることを防ぐとともに、従業員に対しては「スキルアップして昇進昇格をしない限り、あなたの昇給はいつまでも続かない」という強力なメッセージを発することができます。
先述の調査では、回答者のうち63.4%が、所属する組織においてNarrowed Salary Max-Min Ratioが導入されていると回答しています。

 

2.5 賃金の支給時期

昇給については、先述のNWC Guidelinesが毎年5月末頃に発表されることを受けて、6~7月に実施するケースが多く見られます。AWSは毎年12月の給与支給と同時に支給します。ボーナス(AVC)については、AWSと同様の12月、または旧正月前の1月末頃に支払われることが多いです。
ただし、上記の慣行に従った際に留意すべきなのは、年末から1月に掛けてAWSとボーナスという”まとまった給与”が支払われる点です。その分、支給後のタイミングに、社員の退職が集中する可能性が高くなります。
ボーナス支給後の退職はどの国でも同じように起こり得ますが、特にシンガポールでは、自身の給与を他人に伝えることに抵抗が小さい点が、さらに影響していると考えられます。旧正月に親戚が集まった際に、「お前の今年のボーナスはいくらだった?」という会話がよくされると言われます。その結果、ボーナスが支給されていない(または、あまりに少ない)ことがわかると、心配した親戚や知人からは「転職を考えたら」と言われてしまうこともあるのです。

 

2.6 給与のメリハリのつけ方

給与によって優秀人材のリテンションを図る際に重要なのは、「頑張っただけ報われる」という仕組みを作ることです。高い成果を出して人事評価で認められたときに、それに応じた水準の昇給やボーナスが支払われる。単純ですが、給与に関心の高い人の多いシンガポールでは、このメリハリが効果的な引き止め策となり得ます。
一方で、全ての職種・階層にメリハリをつけることが望ましいかと言うと、必ずしもそうではありません。一般的には、高い成果が求められ、かつ優秀な人材の在籍し得る職種・階層を対象とすることが望ましいとされます。なぜならば、階層や職種によっては、昇給率やボーナスにメリハリをつけるほどの高い成果をそもそも求められない、または社員自身がハイリスク・ハイリターンではなくローリスク・ローリターンの環境で安定的に働くことをモチベーションにしているケースもあるためです。
従って、給与のメリハリを検討する際には、盲目的に「メリハリをつけることは良いことだ」と思い込むのではなく、それが誰に対して真に効果を発揮するのかをよく見極める必要があります。

3.最後に

今回はシンガポールにおける賃金決定のポイントをご紹介しました。年功的な昇給がかつて一般的だった点で日本とシンガポールは共通していますが、シンガポールはそれが抱える問題に早くから取組み、解決するための方針を明確に打ち出しています。シンガポール法人の賃金決定にあたっては、上記のような現地の慣行を押さえながら検討を進めることをお勧めします。
この記事が賃金決定や人事制度の見直しの参考となることを願っています。

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グローバルリーダーシップ研究所 beyond 編集部
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