終身雇用・年功序列といった日本の伝統的人事制度はシンガポールではおおむね通用しません。つまり、社員の満足度を向上させなければ社員は退社(他社へ転職)しますし、逆に会社へ価値を提供できない社員は解雇となるのも当たり前という、ある意味で柔軟な雇用制度がシンガポールの特徴ですので、日本よりも社員の退社というのが日常茶飯事といえます。今回はそういった、「社員の退社手続き」の実務をみていきます。
Tax Clearance
我々日本人も含めて、外国人が退社(もしくは3か月以上外国に滞在)する際には、Tax Clearanceと呼ばれる退職時の所得税申告を退職日の1か月前までに(会社が)行う必要があります。シンガポール人や永住権保持者の場合は基本的に不要です。
Tax Clearanceをやらなければならない趣旨は要するに、我々外国人が母国に帰ってしまうとシンガポールとしては所得税を取りっぱぐれる可能性が高くなるため、「母国に帰る前に、最後の年の所得税計算とそれ以前の未納付の所得税について、確実に(本人の代わりに)会社に納税させる」ということになります。
Tax Clearanceは具体的にはIR21という外国人退社の所得税申告を税務署に行うことから始まります。外国人の退社であっても、滞在期間が短かったりなど一定の場合はIR21の作成義務がありませんが、一般的な日本人の退社のケースでは必要と思っていただいてよいでしょう。税務署から、「IR21作成義務の有無判定シート(Tax Clearance Calculator)」が公開されていますので、御利用されるのがよいかと思います。
注意しなければならないのは、「退社日の1か月前までにIR21を提出する義務がある」という点です。給与から所得税を源泉徴収して確実に納税させることが目的ですので、このように申告期限が早めに設定されています。期限遅延の場合は遅延理由を税務署に説明し認められればOKですが、認められない場合は最大で1,000㌦の罰金が課せられます。
源泉徴収する金額については、所得税を正確に計算して、その所得税分以外の金額は給与として払うということも実務上はありますが、所得税計算が間違うこともありますので、退社日までの給与を丸々支払い留保したままIR21を申告し、数日後に税務署から課税通知書(NOA)が届いた後でその課税金額に従って納税し、残りの金額を退社する従業員に払うというのが決まりとなっています。
EPのキャンセル
もう一点、外国人が退社する場合は、退社日から1週間以内にEP(Employment Pass)などのビザをキャンセルする必要があります。
EPの管轄は税務署ではなくMOM(Ministry of Manpower)ですので、EPの管理システムであるEPオンラインからキャンセル(失効)の手続きをします。注意しなければならないのは、EPのキャンセル手続きをすると、即時反映され、すぐに「ビザなし状態」になりますので、その日から30日(日本人の場合)しか滞在できなくなる点です。例えば退社から30日間シンガポールに滞在するとか、退社後にシンガポール国内で転職活動するとか、そういった場合はEPキャンセルをなるべく延した方がよいということになります。ちなみにEPをキャンセルすると、そのEPに付帯している扶養家族ビザ(DP: Dependant’s Pass)も自動でキャンセルされますので、それも含めてキャンセル日を検討する必要があります。
EPのキャンセルをした後は、EPのカードを1週間以内にMOMに返却しなければなりません。MOMに直接訪問して返却BOXに投函してもよいですし、郵送による返却も受け付けています。
国籍等による違い
上記、Tax ClearanceやIR21、ビザキャンセルは永住権を保有していない一般の外国人に対する取り扱いですので、シンガポール人や永住権を保有している外国人の場合は該当せず、上記のような複雑な手続きは必ずしも必要ありません。
Latest posts by 萱場玄 (see all)
- シンガポールの社員退職手続き - 2016年10月26日
- シンガポールでの雇用に伴い発生する定期業務の留意点 - 2016年8月24日