アジア経営論考(4)地域戦略の「塔」構造~東南アジアでの戦略づくり~

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地域単位での戦略づくり

様々な企業の「東南アジア戦略」について伺う機会がありますので、それらの経験を通じて考えてきたことについて、議論していきたいと思います。タイのチュラロンコン大学サシン経営大学院日本センターの藤岡資正先生も、地域戦略の重要性について語っていらっしゃいますし、私も様々な機会で一緒に議論させて頂いています。

まず考えていきたいことは、「東南アジア戦略」を語っているようで実は、各国の戦略を個別に語っているだけではないだろうか、ということです。つまり、「タイでは…」「ベトナムでは…」とそれぞれの国での戦い方については議論している一方で、東南アジア地域全体としてどう取り組んでいくのか、ということが議論されていない、ということです。自分たちが検討しているものが地域全体を視野に入れた戦略になっているかどうかを判断するチェックリストとしては、例えば、下記のようなものがあると考えています。

1.中期的な地域全体での売上/利益/事業価値の最大化が目的になっているか?
2.地域内の各国の間で、資源配分の優先順位や、キャッシュの流れ 
       (どの国で稼いだカネを、どの国に投下するか)が議論できているか?
3.地域内の各国での活動の接続、それぞれの役割分担を議論できているか?
      (地域内にある様々な「違い」への対応方針)

1.中期的な地域全体での売上/利益/事業価値の最大化が目的になっているか?
 例えば、短期的に言えばタイに経営資源を投下した方が利益を最大化することができるかもしれません。しかし、中敵的に考えれば、今後も引き続き経済発展し、タイよりも人口の多いインドネシアでの事業基盤づくりに経営資源を投下した方が、結果としては利益の最大化に繋がるようなことがあるかもしれません。

もちろん、東南アジア域内の各国の市場環境を理解して、国ごとに展開方針を検討し、推進していくことは、とても重要なことであります。しかし、東南アジアでは国による経済の発展段階が違うことも大いに影響して、「稼いだカネを、今の利益づくりのために使うのか、将来の利益づくりのために使うのか」ということを意識する必要があります。地域統括拠点としては、そういった地域観と時間観を持ち、各国個別最適と地域全体最適のバランスを取っていくことが求められます。

2.地域内の各国の間で、資源配分の優先順位や、キャッシュの流れ(どの国で稼いだカネを、どの国に投下するか)が議論できているか?
そういった地域観と時間観を持ったうえで、域内での大きなカネの流れをイメージすることが必要になります。具体的には、国や事業単位でのポートフォリオを描くということになります。例えば、少し古いですが、事業ポートフォリオ管理のフレームワークを紹介したいと思います。これは、自社が抱えている様々な事業が、バランスよく展開できているかどうかを検討するためのフレームワークです。市場の発展ステージを表す「市場成長率」と、自社のポジションを表す「相対的な自社シェア」という2つの軸で定義した場所に、各事業を置いていきます。下記の図で言えば、それぞれの丸が、それぞれの事業を表しています。丸の大きさは、それぞれの事業の売上高/利益を表しています。

そのようにして各事業を置くと、「今の稼ぎ頭」の事業や、「将来の飯の種」の事業などが分かるようになります。上の図で言えば、左下が「今の稼ぎ頭」で、右上が「将来の飯の種」ということになります。「今の稼ぎ頭」の事業が無ければ経営は苦しくなりますし、「将来の飯の種」の事業が無ければ将来の成長や「今の稼ぎ頭」が傾いた場合の不安が募ります。バランスの取れた経営としては、「今の稼ぎ頭」が生んだキャッシュを、「将来の飯の種」に投下して、将来の稼ぎ頭へと育てていく、ということになります。

アレンジするとすれば、縦軸や横軸は業界や自社の特徴に応じて修正することができるでしょうし、事業の円の単位は国でも国×製品でも対応できると思います。こういったフレームワークも活用しながら、今の自分たちの活動の状況全体を見渡すことができる「地図」を手元に持っておくことが必要です。

3.地域内の各国での活動の接続、それぞれの役割分担を議論できているか?(地域内にある様々な「違い」への対応方針)
 東南アジア域内には、様々な違いがあります。経済水準が違いますし、文化も違います。規制などにも違いがあります。そして、そういった違いのある国々の繋がりが増しているのが、今の東南アジアです。人やモノの移動は活発になり、一部の業界では認証の統一に向けた動きも進んでいます。

それゆえ、東南アジアで活動する企業としても、そういった「違い」に対応していく必要があります。例えば、タイを東南アジア全体への製造拠点とするということや、あるいは、各国拠点のバックオフィス業務をフィリピンに集約するようなこともあるかもしれません。この点については、本稿の第1回第2回でも議論しています。

これらのチェックリストを踏まえてみると、「東南アジア戦略」として社内で議論しているものが実は、各国の戦略を単に並べただけ、ということに気付くかもしれません。

地域戦略の要素(地域戦略の「塔」構造

次に、地域戦略を考える、ということが、何を検討することなのかを整理していきたいと思います。

まず、明らかにするべきは、「自分たちが、東南アジアという地域で何を成し遂げたいのか」ということです。本社のある日本市場で謳っているミッションをそのまま適応できる場合もあるでしょうし、東南アジアでは別のミッションを謳うべきだという場合もあるでしょう。自社の製品を展開していきたいと思っていても、日本で展開している有力商品を出来るだけそのままの品質で展開したいと考える場合と、財務的に自分たちのグループに連結されるのであれば現地でしか流通していない商品でも良いと考える場合では、様々に意思決定の内容が変わってくるはずです。あるいは、日本の市場縮小に対応して、本社の社員が働ける場所を作りたい、というのも、(その是非は別にして)有り得る考え方かと思います。

そいういう風に改めて考えると、実は「なんとなく」アジア市場に出てきてしまっている日本企業も多いように思います。社内で様々な議論をしていると、「あれ?そもそも、なぜ、東南アジアに進出していているのだっけ?」という疑問が湧いてくることはありませんでしょうか。ミッションが明らかになっていなければ、それぞれの意思決定がチグハグなものになってしまう可能性が高まります。

次いで、バリュープロポジション。顧客に提供する価値、というような意味です。競合と比べた時の相対的な価値・ポジショニング、という意味も含まれます。例えば、同じ化粧品業界の中であっても、高級品と普及価格品では、業界内でのポジションや消費者への提供価値が異なっているはずです。また、地域が違えば、バリュープロポジションが違っていることもあります。例えば、BMWは、本国ドイツではアウトバーン(高速道路)を安定して走り・楽しめることが価値かと思いますが、アジア地域ではむしろステータスに重点が置かれているでしょう。つまり、バリュープロポジションは、「自分たちが、こうありたい。こうだと自覚している」という視点だけでなく、「現地の顧客から、どういう風に見られるか」という視点も併せて検討する必要があります。

そのバリュープロポジションは、調達や生産側のサプライチェーンに関する要素と、マーケティングや営業側の販売に関する要素によって実現されます。自社のバリュープロポジションを実現できるように、サプライチェーンと販売に関する機能立地や活動内容を定義していきます。

東南アジア域内の様々な「違い」を活かしたり、乗り越えたりしながら、最適なサプライチェーンを構築することが、地域での競争力を高めることに繋がります。例えば、人件費の安い国で大量に生産して周辺国に流通させれば、コスト競争力を高めることができるかもしれません。あるいは、調達機能を1か所に集約すれば、サプライヤーに対する交渉力が高まって有利な条件を得られるかもしれません。

マーケティングや営業の活動は、一般論としては現地の特徴に対応することが大切になります。例えば消費財などを想定した時、各国最適で言えば、できるだけローカルで人気の高い俳優や女優をアンバサダーとして起用し、できるだけたくさんのマーケティング費用を投下することが望ましいという議論になるかもしれません。しかし、あらゆる点を現地に合わせてしまっては効率が悪くなったり、重複が発生したりすることもあるでしょう。販売面では、域内の「違い」に、どこまで対応するのか/しないのか、を決めていくことが求められます。

そういった活動を支えるのが、情報システムです。ここで言う情報システムは、どういったITシステムを導入するのか、ということにとどまりません。ビジネスは、あるいは、あらゆる経済活動は、「情報の流れ」であるとも言えると思います。東京大学の藤本隆宏先生も、生産活動を「媒体に設計情報が転写されていくプロセスである」と捉えていらっしゃいます。企業内の活動においても、トップの認識や指示が、ミドルマネジメントを経て、現場の最前線まで伝達すること(運動神経)と、現場での活動内容や発見が、ミドルマネジメントを経て、トップにまで伝達すること(知覚神経)が、両方が適切に働くことが大切です。すなわち、ここで言う情報システムとは、どういう情報を、どういう頻度で、どういう方法で、誰が、誰に伝達するのか、を設計したもの、ということです。この設計なくして、ITシステムの適切な導入は無いものと思われます。

最後に、組織・人材・企業文化。やはり、最後は人です。組織における各部門の責任権限を適切に設計し、適材を適所に配置することです。中期的な人材を育成して、企業文化を醸成していくことになります。人に関する話題は、極めて多岐にわたりますので、詳細は、別の稿に譲りたいと思います。

ここでのポイントは、それぞれの要素が整合している必要がある、ということです。それはまるで、下の構造が上を支え、上の構造が下の構造を安定させるという、寺院の五重の塔のような関係です。東南アジア域内での情報システムの再設計や組織再編が検討されることは多いですが、ミッションやバリュープロポジションと整合しているかどうか、そもそも、自社の東南アジア地域でのミッションやバリュープロポジションが何なのか、ということを考慮に入れた検討がなされているかと言えば、必ずしもそうではないでしょう。

また逆に、自社の組織・人材・企業文化などが、サプライチェーンや販売の方針やバリュープロポジションの実現可能性を担保したり、制約条件になったりするということも意識しなければなりません。市場調査や競合分析のみに基づいた、自社の個性に合わない戦略を描くことは避けねばなりません。

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小川 達大
東京大学法学部卒。 Corporate Directions, Inc. Asia Business Unit Director、 CDI-Singapore Director, CDI-Vietnam General Directorを兼任。 日本国内での日本企業に対するコンサルタント経験を経て、東南アジアへ活動の拠点を移す。以降、消費財メーカー、産業材メーカー、サービス事業など様々な業種の東南アジア展開の支援を手掛けている。ASEAN域内戦略立案・実行支援、現地企業とのパートナリング(M&A、JV等)支援、グローバルマネジメント構築支援など。日本企業のアジア展開支援だけでなく、アジア企業の発展支援にも取り組んでおり、アジアビジネス圏発展への貢献に尽力している 【株式会社コーポレイト ディレクション:http://cdiasiabusiness.com

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