本連載の狙い
日本企業の活動範囲が地理的に拡大していくに従って、「世界で戦える人材」というものに対する関心が高まっています。どのような人材が「世界で戦える」のだろうか。そのような人材は、どのように育成できるのだろうか。どのようにして、そういう人材になっていけるのだろうか。このグローバルリーダーシップ研究所には、そのような問いを抱えた方々が集まっていると理解しています。
本連載では、経営戦略に関わる議論を紹介することによって、「世界で戦える人材」に対する自分なりの考え方を皆様が検討する時の材料を提供したいと思っています。「世界で戦える人材」に関する問いは、「世界で戦える企業」や「企業が世界で戦うことの意味」といったことと大いに関連しているはずですから。経営の世界では、「ただ1つの客観的な答え」のようなものは存在しないはずです。時代、企業、個人など、それぞれの事情や条件に応じた「今のところ悪くなさそうな仮説」が更新されていくに過ぎないと言えます。そういった仮説を考えるための枠組みを提供することが本稿の目的です。そういう意味では、「すぐに使えるツール」のようなものではないかもしれません。しかし、変化の激しい環境で「仮説」を練り続けるためには、むしろ思考の足腰の強さが求められるように思っています。
そういったことですので、少し(思考の)筋肉痛になりそうな、学問的な枠組みを中心にした議論をしていこうと思います。私自身は学問の世界に身を置いているわけではありませんので、多くの誤解やこじ付けもあるかと思いますが、素晴らしく刺激的な議論への入り口を示すものとしてご容赦頂ければと思います。少し読書好きな友人が面白い本を紹介してきた、そんな風な心持ちで読み進めて頂ければ幸いです。一方で、やや抽象的な枠組みを、実際のビジネスの現場でどのように活用するか、ということにも触れていければと思います。なお、私自身が東南アジアで経営戦略コンサルタントとして活動していますので、本連載全体を通じて、「アジア新興国での経営」というテーマが念頭にある点は、留意いただければと思います。
なお本稿は、チュラロンコン大学サシン経営大学院サシン経営大学院サシン日本センター所長の藤岡資正先生の講義を参考にさせて頂いております。(サシン日本センターウェブサイト:http://www.sasin.edu/what-we-offer/thought-leadership/sjc-japan/)
海外展開の型とは?
どのような人材が海外でリーダーシップを発揮できるか。この問いに対して、様々な意見があるかと思います。ただ私は、「それは、場合による」としか答えられないと思っています。業界、企業、部署などの状況によって異なる、ということです。ある問いに対して、「それは、場合による」と答えるのは卑怯な態度かもしれませんが、やはり「それは、場合による」と答えるしかないように思うのです。その理由の1つとして今回は、海外展開の類型について考えていこうと思います。
はじめに、皆さんが海外(アジア新興国)に出張したとして想像してみてください。私たちが海外で活動をすると、数多くの日本との違いを目にします。例えば、ベトナムの空港に降り立てばたくさんの人々の出迎えの熱気に圧倒され、市内までの道のりではバイクの波に飲み込まれることになります。レストランで食べる食事は日本とは違いますし、そこで飲むビールの値段も日本とは比較にならない安さ。海外でビジネスをするということは、そういった違いにうまく対応して、現地に合わせた製品や活動を設計していく、ということです。つまり、現地化(ローカライゼーション)が大切です。あるいは、グループ経営の観点で言えば、現地適応力(レスポンシブネス)を上げる、という言い方もできるかと思います。
一方で、現地に合わせてばかりいては、外資企業として戦っていく意味がないでしょう。現地に合わせるということだけであれば、現地企業の方が、きっと優れているでしょうから。外資企業としては、本国を含む様々な国で事業展開をしていることの強みを活かしていくことになります。本社の開発力・開発資金、知的財産・ブランド力、大規模な生産拠点、業務のノウハウなど。こういう視点で言えば、進出先現地のビジネスを、いかにして自分たちのグループ全体の活動に統合(インテグレーション)していくか、ということが大切になるとも言えます。
ここで、バートレット&ゴシャールの「国際化の分類」の枠組みを見てみようと思います。(参考:C. Bartlet, S. Ghoshal “Managing Across Borders”)
縦軸を「国際統合効果の程度」、横軸を「現地適応の程度」として、4つの象限を作っています。「現地化と統合」というのは、「現地に任せるか⇔本社が握るか」という1つの軸上での議論であるように思いがちですが、それが2つの軸であるとしたところに、この枠組みの興味深く、また有益なところがあります。
そして4つの象限を、下記のように定義しています。
・現地適応-低×国際統合-低 ⇒ International型
・現地適応-低×国際統合-高 ⇒ Global型
・現地適応-高×国際統合-低 ⇒ Multi-domestic型
・現地適応-高×国際統合-高 ⇒ Trans-national型
Internationalは、Interという接頭語に「~の間に、相互に~」という意味がありますので、「国境間の」というような意味になります。この型の国際展開では、本社からの知識や経験、あるいは人材が現地に移転され、それによって本社が現地の経営に関与します。この型は、初期的な国際経営の型とも言われています。昔は、今と比べて通信や移動の手段が限定されていましたから、知識や人を現地に移転してしまって、ある程度は任せながらも、定期的に(とはいえ頻繁ではない)業績報告などによって、本社側が現地の経営に関与する、ということが一般的であったものと考えられます。つまり、現地適応や国際統合の程度が低い、ということよりは、それらを上げる手段が無い/そもそもそういう発想にならない、という事情があるように、個人的には思います。
Globalという言葉は、世界が均一であるという意味合いを含んでいます。つまり、グローバリゼーションとは、世界が小さくなり均一化していく、ということを意味します。(はたして、今の世の中が「グローバル化の時代」なのか、ということは、また別の稿で検討したいと思います。)世界市場をGlobalであると捉えることが出来るのであれば、国際統合効果を発揮して競争力を高めていくことが重要になります。その際には、多くの意思決定が本社に集約されることになります。
一方で、国によって、市場の様子が全く異なっているような業界もあります。そういう業界においては、国際展開をするといっても、「いくつかの国内市場」を抱えているという捉え方の方が適切かと思います。それゆえ、Multi-Domestic(複数の国内市場)ということになります。この型の国際展開では、現地法人が極めて高い自律性を持ちます。
Trans-nationalは、Transという接頭語に「~を超える、~を横切る」という意味がありますので、「国境を超える/透過する」というような意味になります。あたかも国境を意識しないかのように、最適な場所に最適な機能と権限を立地させることをしようとするものです。その結果として、国際統合と現地適応を高いレベルで両立させます。
業種レベル
どの型に当てはまるか、ということは、業種によってある程度分類可能であると考えられます。自身の業界を想像してみた時に、事業環境が国によって異なっている程度が大きい場合には、現地化へのニーズが大きいと考えて良いかと思います。顧客の嗜好、価格水準、流通構造、政府の規制などが、要素として考えられるかと思います。一方で、自社の本社の力をグローバルに展開していくことが大切そうな業種であれば、統合の必要性が大きいと考えて良いかと思います。
例えば食品業界。国によって消費者の嗜好や流通の仕組みなどは大きく異なります。各国でそれぞれの事業環境に合ったビジネスを展開するべく、相対的に現地法人への機能や権限の委譲が多くなります。つまりMulti-Domestic型に当てはまります。別の言い方をすれば、本社に権限を集中しすぎると、現地市場の細かいニーズに対応することができずに、現地での競争力を失ってしまいがちになる、ということになります。
一方で例えば製薬業界は、本社の大規模な研究開発が大切になります。世界展開での成功のカギは、本社への機能と権限の集中と、集中した機能の力を最大限発揮することです。人間の体の構造は、国が違っても、それほど変わるものではありませんから、現地適応に対するニーズは食品業界などに比べると小さいと言えます。つまりGlobal型に当てはまります。(人種や気候によって、かかりやすい病気や進行のスピードが異なるという話もあるのですが、議論が複雑になるので、省略します)
とはいえ大きくは同じ業界であるとしても、製品の特長を踏まえると違った分類になることもあります。例えば機能性食品などであれば、本社の開発力が競争力の源泉となり、Global型に近くなっていくかと思います。
Trans-national型には、本社の力を発揮することと、現地適応の両方が求められる業界が当てはまります。例えば、消費財業界など。洗剤の洗浄力や、生理用品の吸水力の開発などは、本社の開発力が極めて重要になります。一方で、それらの商品の買い方や使い方は、それぞれの国の経済水準や文化の影響を受けて大きく変わります。また、製品を国の隅々にまで流通させようとするならば、各国の流通構造の違いにも対応していく必要があります。
また、同じ業界であっても、時代によって分類が変わるものです。例えば自動車業界は、以前は本社の開発・技術力と製造規模を活かして世界展開するGlobal型と言えたかと思いますが、今や(当然、本社の開発・技術力を活かしたうえで)各地域/各国のニーズに合わせた製品を展開しています。開発や製造に関する思想や業務を刷新していき、統合効果の追求と現地市場への適応を両立させようと進化しているのが、自動車業界の今です。自動車業界は、Global型からTrans-national型へ移行しているのです。
企業レベル(歴史、戦略)
同じ業界であっても、企業によって分類が異なります。同じ消費財業界の中にあっても、ユニリーバはヨーロッパ企業の経営文化も反映して現地法人に権限を大きく委譲するMulti-national型寄りですが、P&Gはアメリカ本社の強みを活かした世界展開が中心のGlobal型寄りというふうに捉えることができます。上記で、消費財業界はTrans-national型だと述べました。ユニリーバやP&Gは、それぞれの世界展開の歴史を反映して分類が異なりますが、大きな流れとしてはTrans-national型へと進化を続けています。実際、ユニリーバであれば、時にはグローバル統合の効果を得るために本社への権限を集中し、時には現地適応力を高めるために現地子会社や地域統括会社に権限を委譲してきました。国際経営の型の変化に合わせて、組織構造やレポーティングラインの改編を行うのです。時系列でみると、ある種の揺り戻しがあり、上記の4象限で言えば、右下の方から右上の方へと蛇行しながら進んでいる様子です。特に組織に関わる会社の進化は、「ただ1つの在るべき姿」に向かって一直線に進むのではなく、「その時々の最適な在り方」を経ながら徐々に進んでいくものであるということも言えます。
少し脱線しますが、組織の変化には、人の心の在り方や無意識の変化が必要になります。人の心を変えるというのは一筋縄ではいかないものです。例えば、現地法人に何らかの権限を委譲するとオフィシャルには決まっても、それまでその権限を担っていた本社側の担当者の方からすれば、どうにも納得いかない、思わず権限があるかのような振る舞いをしてしまう。そんなこともあると思います。また、現地法人側も、本来は自分たちの方に権限が委譲されているはずなのに、本社に「お伺い」を立ててしまったり、本社からの何気ない一言を「命令」と捉えてしまったりすることもあると思います。そういったことに対処するべく、経営陣としては、思い切った組織改編などで敢えて大きな変化を起こして、経営陣からの強烈なメッセージを社員全体に発信し、社員それぞれの心や無意識に変化を起こそうと試みることが必要になる場面もあると思います。
ここまでは、時を経る中で国際経営の型を「変化させていく」ということを考えてきました。次は、自社のユニークな競争力を作っていく手段として国際経営の型を「選ぶ/差別化させる」ということを考えてみたいと思います。つまり、競合とは異なる型を敢えて戦略的に選択していく、ということです。例えば、高級消費財業界(高級ブランド品など)では、ブランド力を高めていくために、グローバル統合効果を追及する企業が多いです。いくつか高級ブランドを思い浮かべると、どこの国でも同じ広告を展開しています。しかし敢えて、各国に合わせたマーケティングを展開していく、という戦い方もあるかもしれません。各国の消費者のニーズの微妙な違いに対応することで、「これは、我々のためのブランドだ」と各国の消費者に思ってもらう、ということです。つまり、自らの国際経営の型としてMulti-domestic型を戦略的に選択して、Global型の競合に挑むということです。日本企業は、現場を熟知した管理職の方々、いわゆるミドル層の創意工夫が競争力の源泉になることも多いと言われています。そういった方々が現地に飛び込んで、(本社の方針との整合性を担保しつつも)各国の事業環境に合わせたビジネスを展開していくことが出来る可能性も大いにあると思います。というのも検討の価値があるのではないでしょうか。
次稿に向けて
ここまでは、国際経営の分類について、やや抽象的に検討してきました。次回は、実際の経営判断の中で、この枠組みをどのように使うことができるか、ということを考えていきたいと思います。その延長として、国際経営の型ごとに活躍できる人材は違うのではないか、ということにも触れていきます。
小川 達大
Latest posts by 小川 達大 (see all)
- アジア経営論考(5)大企業が新興国で戦うには? ~意志ある異分子を変革の中心に~ - 2017年2月23日
- アジア経営論考(4)地域戦略の「塔」構造~東南アジアでの戦略づくり~ - 2016年12月21日