東南アジアの優等生と言われるシンガポールにおいて日系企業に勤めている現地採用のシンガポール人スタッフは当然のことながらたくさんいます。そして、彼らは日系企業をかなり冷静に見極めて、良く理解して就業しています。
一方で、日系企業の駐在員は「日系企業に勤めているシンガポール人は日本が好き、あるいは、日本の文化や企業に興味があるからうちで仕事しているんだ」という甘い認識で来られて、3か月ほど経った頃に、現実はそればかりではないこと、そんなに甘くないことを突きつけられるケースも少なくなく、そのような問題に直面した駐在員の方々を何度も何度も見てきています。
例えば、日本国内では当然のように行われるホウレンソウ(報告・連絡・相談)は、外国では通じないことにまず多くの日本人駐在員は愕然とします。「仕事の進捗の報告があがってこない」「問題についての相談がない」と驚くのです。
外国籍スタッフとの間に生じるコミュニーケーションの問題とその背景
この問題の背景には、「何でもかんでも上司に報告したり、連絡したりするのは、能力がないとみなされる可能性があるからしたくない」というシンガポール人や外国籍スタッフの考えがあります。
また、仕事で問題が生じた際に、外国籍スタッフからの報告が「Xという問題が起きてしまいました。対応としてはA案とB案があり、私はA案が良いと思いますが、いかがいたしましょう?」という主体性を持った報告ではなく「Xという問題が起きてしまいました。どうしたらよいですか?」という他人任せの報告をマネージャークラスのスタッフさえ悪気なくしてくる現状に直面すると、多くの駐在員が「外国籍スタッフは思考停止している」と捉えます。
この問題の背景には、今までトップダウンで指示のみが与え続けられ、それに忠実に従うことが求められて10年、15年経過している外国籍スタッフの「慣れ」があります。が、数年ごとにやってくる駐在員は、問題の背景にある外国籍スタッフのこの「慣れ」に気づくことなくフラストレーションをためてしまうのです。
駐在員の中には、このような問題に直面し、顔を真っ赤にして怒りをあらわにする方、今まで日本国内では味わったことがないやるせない気持ちを口早に語る方、涙を眼に浮かべてこの悔しさを語る方、「もうとにかく日本へ帰りたい!」と投げやりになる方、いろんな方がいらっしゃいます。
さて、このような日本人駐在員が直面する問題は、私がシンガポールに来た時から20年の時を越えた今日もまだ存在する問題です。シンガポールに限らずアジアでもっと長く仕事をされてきている諸先輩方は20年程度のことじゃなく、もっと昔からの問題だよ、とおっしゃるかもしれません。
ではいったい何が問題の根本にあるのか? 突き詰めると本当の「価値観の違い」に気づいていないからではないかと思います。ある人はこれを「異文化」というかもしれませんし、ある人は「言語の違い」というかもしれません。もちろん両方とも影響を与えています。そして、私がここで言わんとすることはもう少し掘り下げたところの話です。
実際に私がお手伝いさせていただいた案件で「価値観の違い」が表出したお話を一例として紹介してみます。
「企業理念・MVV研修」
ある日系企業で「企業理念とMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)を明確化して、100年続く会社を作る」という掛け声のもと、壮大なプロジェクトが立ち上がりました。
その企業にすでに存在している企業理念からMVVを創り上げる研修を約1年にわたりシンガポール本社で行い、それを東南アジア全域に広がる子会社(複数拠点)へトレーニングの形で浸透させ、さらには各子会社にTTT (Train the Trainers)のセッションを実施して、最終的にTTT (Train the Trainers)を受けた現地の社内トレーナーが拠点内で研修を行い、MVVを伝えていけるようにする長期にわたるプロジェクトでした。
Values(バリュー:会社が社員に取ることを期待する言動基準)の中に会長、社長、取締役全員の日本人が「謙虚」という言葉を入れてほしいとおっしゃいました。もちろん、日本を離れ海外生活が人生のそろそろ半分を超える私にとっても「謙虚」という意味の裏に秘められた日本人としての想い、仕事やお客様に対しての想いは十分理解できました。しかし、一方で、相手のことはまず置いておいて自分が正しいと思うことをはっきりと明確に議論を通じて結論を出したがるこの企業の中にいた香港人、インド本土のインド人、そして数名の欧米系スタッフたちに会長、社長、取締役全員の日本人が願う「謙虚」の意味が、どこまで彼らの胸の中に入り込めるか正直不安な気持ちもありました。
そして会長、社長とともに迎えた研修当日、不安は的中し、外国籍社員からは「”謙虚”などと言っていたら、今のこのスピード感の問われる業界では一瞬のうちに大きな損失を招きかねず生き残れない」という声があがり、「そもそもトップは何を考えて”謙虚”という言葉を選んだのか」という話にまでなってしまいました。
しかしながら、この「謙虚」という言葉は、会長、社長、取締役全員の日本人が望む言葉であるのだから、自分たち社員がどう理解し、どう扱い、それが今後どう企業文化を作っていくのか、長時間にわたり本当に真剣に話し合いを続けました。この「謙虚」論争はどこの拠点でもホットな議題となりました。そして、どこの拠点でも会長も社長もかわるがわるご自身の言葉でその想いを伝えました。
そして、最終的に取締役たちの想いと日々最前線で戦っているそれぞれの拠点に勤めるスタッフが言い表した想いのエッセンスを凝縮した言葉は、自分が他者よりも優れていると思わないというニュアンスの「humble(謙虚)」ではなく、自分の言動や感情に偽りやごまかしなく正直であるというニュアンスをもつ「Sincerity(誠実)」が適切であるという結論に至り、最終的に全拠点全員から合意を得るValue(バリュー)が出来上がりました。
すべての社員の想いが詰まったValue(バリュー)
もし、価値観の異なる日本人とそれぞれの拠点の外国籍社員とが時間をかけて議論を行い、価値観や想いの共有、摺合せをしていなければ、造り上げられたValue(バリュー)は間違いなく外国籍社員にとって「単に壁に飾った会社の新しい言動基準」で終わってしまい、日本人の駐在員側は「なぜ、Value(バリュー)に従わないのだ?」というフラストレーションを抱える原因になっていたはずです。
この案件では、会長・社長自らが私とともに各拠点を回り、それぞれの拠点の外国籍スタッフに彼ら自身の想いを伝え、何度も何度も摺合せをしてValue(バリュー)を創り上げました。ひとつの会社として独自の、つまり「日本人だけ」あるいは「それぞれの拠点の現地外国籍スタッフだけ」で考えたものではない、様々な価値観を持った日本人も外国籍社員も含むすべての社員の想いが詰まったこの会社独自のValue(バリュー)である言動基準が造り出せたという点においてお互いの価値観のギャップ違いをしっかりと埋められた良い例です。
このプロジェクト後も、この企業では東南アジア全域で「企業理念・MVV研修」が社内トレーナーによって定期的に開催され、新しく入社してきたスタッフにも必ずこの研修が行われています。そして、当初の想い「100年続く会社」に向けて全社員の方がSincerity(誠実)をもって、今日も邁進されています。
サンディ 齊藤
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