シンガポール人の特徴とシンガポール人と上手に働くコツ

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シンガポールで過去、或いは現在、または将来、仕事で関わっていた(関わっている、関わる予定の)あなた、こんな意見をきいたことはありませんか。

「シンガポール人は、

• 自分で知恵を絞って考えない
• 1を聞いて10ができない(言われたことしかしない)
• 柔軟性がない
• 残業をしたがらない
• ちょっと給与がいい会社を見つけるとすぐに転職する

など

さて、これらの意見は本当に的をついていると言えるでしょうか。

建国から50年程で東南アジアの優等生と言われるまでになったそのシンガポール経済を支えてきたシンガポール人とは一体どういう人たちなのでしょうか。

日本の外務省の出している情報 には、シンガポールは面積的には東京23区と同じくらいの約719平方キロメートル、と記載されています。

またウィキペディアで「List of Asian countries by GDP per capita(意訳:一人当たりGDPによるアジア諸国リスト)」と検索すると、カタールやマカオの次にシンガポールが第3位に食い込んできています。ちなみに日本はこの資料の世界順位においては第29位と記載されています。

この地で生活をし始めたばかりの日本人は「日本人とほとんど変わらない顔かたちをしているので、恐らく日本人と同じように接して構わないだろう」と思う方が多いです。
しかし、実はそこに落とし穴があり、生活を開始して半年くらいで「なぜ常識的なことが通じないんだ…」と思わず吐息を漏らしてしまうことはよく聞く話です。

例えば、この頃はずいぶんと少なくなりはしましたが、こんなことはまだ日々目にすることです。

• 約束の時間に遅れる(日本人ほどの抵抗はありません)
• 名刺を渡すときに、相手の方に向けて渡さない
• お客様との打ち合わせで部屋に入るとお客様側の社長が座るべき席に自社のシンガポール人スタッフが悪ぶれる様子もなく座っている
• 報告・連絡・相談をしない…等

ここだけ読むと「シンガポール人はだめだなあ」と思うかもしれませんね。でもシンガポールは破竹の勢いで成長してきました。では誰がそれを支えているのか、あなたは疑問に思うかもしれません。ここから是非一緒にその疑問を解き明かしていきましょう。そして最後にその回答を一緒に見つけましょう。

まずはっきり申しておかなければいけないのは、シンガポールの人たち全員が「だめだなあ」なのか、というと、当然そうではありません。

もし外国人である我々が、この国の成り立ちから出来上がってきたこの地の人々のものの考え方・言動の仕組み・信条などしっかりと押さえて仕事をしていくと比較的スムーズな事業経営ができるはずです。

そして、日本のビジネスマナーや常識と同じ、と考えて業務にあたることは危険ということに気が付かれるはずです。

本稿では一般に書籍等に紹介されている内容よりもっとビジネスに特化した形で、実際にシンガポール人とどう働き、それをシンガポール拠点におけるビジネスの成果・結果に結びつけるのか、という話を中心にご紹介していきたいと思います。

ーー目次ーーーーーーーーーーーー
1. シンガポール人はどのようにして「シンガポール人」になったか
1-1. 歴史的背景
1-2. 政治的背景
1-3. 教育的背景
1-4. 文化的背景

2. シンガポール人のこだわり・期待値
2-1.学歴
2-2.職業
2-3.収入・ポジション

3. シンガポール人が力を発揮して働く5つのツボ
3-1.方向性提示と戦略提示
3-2.期待値表明と頻繁なフォローアップ/コミュニケーション
3-3.フィードバックの重要性
3-4.透明性と公平性をもった評価制度と将来への道筋提示
3-5.「人としての付き合い」も期待の一つ

4. 最後に
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1. シンガポール人はどのようにして「シンガポール人」になったか

1-1. 歴史的背景

シンガポールに関する歴史的な記述を紐解くと最も古いものは3世紀の中国の文献「婆羅洲(Pu-luo-chung)」であると言われていますが、ここでは話を先へ進めるために、シンガポールがマレーシアから「追放の形」で分離された1965年8月9日からの歴史に特化します。

ご存じのように、シンガポールはマレーシアの一部として生きてきた歴史があります。

ところが、マレー人優遇政策(ブミプトラ政策)を採ろうとするマレーシア中央政府と、かつてのイギリス植民地時代に流入した華人が人口の大半を占めマレー人と華人の平等政策を進めようとするシンガポール人民行動党(PAP)の間で軋轢が激化したことから、1964年7月には憲法で保障されているマレー系住民への優遇政策を求めるマレー系のデモ隊と中国系住民が衝突し、シンガポール人種暴動 (1964年)が発生、死傷者まで出たと言われています。

このような状況をマレーシア政府ラーマン首相(当時)がマレーシアの安定を維持するには、シンガポールに出て行ってもらうしかないと考え、シンガポールの「追放」を決断します。シンガポール礎の父と呼ばれて今も国民から絶大な尊敬と信頼を置かれているリー・クアンユー(李光耀)氏は分裂を公に発表した1965年8月9日、テレビで涙を流しました。恐らく公の場では後にも先にもこの時が最初で最後ではなかったかと思います。

先に紹介した通り、シンガポールは東京23区程度の面積しかない島国です。また原料や素材になり得る資源はなにもありません。

しかしこの日リー・クアンユー氏は「私の肩にはこの国の多くの人たちの人生が乗っている。Singapore WILL survive」と力強く述べています。

1965年8月9日は経済の面ではもちろん、政治・防衛…とにかく不安要素が一杯の独立国家としてのシンガポールの船出の第一日目になったのです。

1-2. 政治的背景

リー・クアンユー氏の思い描くシンガポールと言う「Red Dot」の原則は以下でした。

「水も資源もない都市国家“シンガポール”が生き残れる方法は経済発展を追求することのみ。シンガポールが存在する限り、この命題から逃れることはできない。その為には既に経済的に発展している先進国企業を誘致することが絶対に必要で、政治や社会や文化などはそのための手段。更にこの国を発展させる為には政府が強い権限を持ち、有能な人材を官僚に取り込み国家運営にあたる必要がある」

というものでした。

さまざまな民族に対して優劣をつけることなく多民族・多言語・多文化をそれぞれに生かしていきたいシンガポールはその周辺国を見回すとイスラム国家に囲まれています。イスラム国家がどうこうという話ではありません。

国家のイデオロギーが全く異なるとまさに表面に出てくる言動は同じに見えて実はその意図や想いは違ったものになるのが当然であり、政治・外交の場ではぶつかることがあるという意味です。そして経済的に力を持っていない限り、寄り切られてしまい押しつぶされる危険もあったのです。

こういうリー・クアンユー氏の根本的な考え方に対する具体的な施策として彼の思考の根底にあったのは、

• 自国民の中から有能で優秀な人材を政府内に吸い上げられるシステムを敷くこと
• 一党に権限を集中させて国づくりができる体制にすること
• 様々な政策を駆使し先進国の企業を数多く誘致すること
• 誘致した際に入ってきた海外企業が経済活動しやすい国内環境を整えていくこと

だったと言えます。

こうしてシンガポールにおける政治・経済・社会制度がリー・クアンユー氏の考えに沿って創られました。のちにリー氏がこうおっしゃっています。

「私には後悔はない。自分の人生をすべてをかけてこの国を作ってきた。これ以上すべきことはもうない。最終的に私は何を得たか?(国家として)成功したシンガポールそして私は何をあきらめたか? (個人として)生きること」

 

これがシンガポールの政治安定と経済発展の原動力になったのです。
リー・クアンユー氏は1959年~1990年まで、31年間首相を務めました。シンガポールの政治安定と経済発展はリー氏が首相だった時代と一致するので、シンガポールは「リークアンユーの国家」といっても過言ではないかもしれません。

国家戦略・方向性を非常にクリアに指し示し、それを明確に国民に伝え、着実に実行に移していく。その過程で、国民からの助力が必要な時にはわかるまで(時には少し厳しい言葉で)伝えきる。

そういう姿勢をリー・クアンユー氏は貫きました。そして今のシンガポールの確固たる礎を築いたのです。

今もリー氏の考えが脈々と続いていると感じる場面の一つとして、例えば、シンガポール人シニアマネージャ対象のリーダーシップ研修を実施する際に「あなたが『リーダー』として尊敬し、ついていきたいと思う人はだれか?」と質問をして「リー・クアンユー氏」の名前が出てこないことはありません。リー氏は、2015年3月にこの世を去られても今も間違いなく多くの国民の心に大きな尊敬の念を抱かせているのです。

1-3. 教育的背景

前述のようにリー氏の根本的な思考の底にあった考えのひとつ:

• 自国民の中から有能で優秀な人材を政府内に吸い上げられるシステムを敷くこと

を現実のものとするために、シンガポールは「エリート教育」に力を入れてきました。

いくつかに分解をして説明をしたいと思います。

①  言語について

シンガポールに来て多くの方が驚かれるのがシンガポール人が喋る言語数の多さです。
シンガポールの「国語」は今も「マレー語」とされています。マレー系シンガポール人と話すと「シンガポールの国語はマレー語だけど、あなたはマレー語はどこまで喋れるの?」と当たり前の顔で聞かれます。

一方、シンガポールの公用語は、マレー語、マンダリン(標準中国語の意味)、英語、タミール語の4言語となります。

リー・クアンユー氏がこの国の建設に乗り出した時に最初にぶつかった問題が「言語」の問題:
「全く違う言葉を話す様々な民族とどうコミュニケーションを取るのか?」という点でした。

また「世界の最新情報は全て英語で発信されているのだから、英語が分からないとこの国の発展のスピードに問題が出てくる」という意図から、英語を公用語に入れたと言われています。

当然のことながら、それまでマレー語や中国語でもそれぞれの方言(例:広東語、福建語、海南語など)しか話してなかった当時の人たちには大きな反発がありました。しかし、先にも書いたようにリー氏は説得しました。

70-80歳くらいのシンガポール人で英語を流ちょうに話す方はいますが、中には読み書きはできない、という方もいらっしゃいます。政府は、英語として文法的に正しいのか、発音はどうなのか、よりも、国民同士が理解しあえる共通ツールとして、とにかく「使える英語」を目指した歴史があることが今も見て取れます。

そして、もちろんこの言語に対する考えは、過去50年の間に途中紆余曲折がありながらも、今日も「バイリンガル」を学校教育の中で育てることは重要な位置を占めています。

シンガポール人は小学校・中学校の課程で第一言語英語、第二言語として中国語やマレー語などそれぞれの個人の母国語と考えられる言語を学びます。

その裏には、リー氏の「多民族のるつぼ化」ではなく「それぞれの民族がそれぞれの文化を継承しながらも他民族とハーモニーを以ってお互いを尊重し、公平に実力でもって生きていける国家」という意思が今日も脈々と引き継がれていると言えます。

ですから、シンガポール人は時に「なぜ日本人は日本語しか喋れないのか?」と真顔で不思議に思って質問をしてくることがあります。教育背景、文化背景の最たる違いと言えるでしょう。

②  エリート教育

これも今では多くの外国でニュースとして取り上げられている教育システムなので、あなたもご存じかもしれません。

シンガポールにはPSLE (Primary School Leaving Examination)という仕組みがあります。小学校6年生時にこの国家一斉テストを受験します。大げさに言えば「学業」において将来を決めかねない、重要なテストという位置づけになります。

ただ、政府としては「勉強ができない人を集団から取り除く」という意図よりは、早い段階で「どの子供が学業的に恵まれた才能を持っているのか、どの子供が専門性をもっているのか」を見極め、それぞれの可能性に合ったキャリアプランに導く振り分けと考えたほうがいいと思います。

よって、このPSLEで如何によい成績を取らせるかがシンガポール人の両親の目玉となり、この国では小学校、子供によっては幼稚園のころから塾通いをさせている場合もあります。

「小さい頃から勉強させられて可哀そう」と思う人も多い中、実際に子供たちに「辛い?」と聞いてみると、驚くことに結構多くの子供が「面白い!」という返答をするところがシンガポール人の人生のようです。

PSLEで優秀な成績を残した子供たちはそういう教育を受けられるコースに振り分けられます。
ここでは、非常にユニークで興味深い中高一貫教育にフォーカスを当てて話を進めます。

このコースに乗った子供たちは、将来政府内に吸い上げられていく可能性の高い子供たちです。よって、若い頃から外国の優秀な学校の子供たちと交流をする機会を与えられ(将来の人脈づくり)、国際的感覚を身に着けていきます。英語圏はもとより、中国の優秀層の子供たちと交流したり、デイベートをするような仕組みもあります。

そうやって子供の頃から、他国との違い、自国がどのように海外から見られていて、自国はどう生き残っていくべきかを自然に考える機会を与えられ、その中における自分の立ち位置を知っていくのです。

また先日知り合いの娘さんが中学校の休暇中に中国のある省の同じく優秀な位置づけの学校に1週間行くように言われたと言って戻ってきました。

そこでは、「異文化交流」という形の中でお互いの自国の説明(政治・経済・文化・教育など)や、自国の現時点での課題等を話し、その違いを議論したり、話し合ったり、将来シンガポールと中国がどんな関係性を結べばよりよいアジアになるのかを議論したとのこと。

中学校の生徒が自国の将来を見据えてものを考え、外国人に述べる。政府がそういう機会を与えている。シンガポールの真剣さの一端を見る気がしませんか。

シンガポールの優秀層の子供たちは、Teenage(10代)から、「国際感覚」を身に着け「自国の立ち位置」を知り、「自分がどう貢献していけるのか」を考える機会をふんだんに与えられているのです。

③  国外からの優秀な人材の受け入れと自国民との交流

シンガポールは先にも記載したように国家戦略として、優秀な外国人受け入れを行ってきました。その背景として、自国の出生率がどんどんと降下しており、2016年時点で1.20と世界最低のレベルにあるからです。よって、外国人を受け入れること、特に優秀な人材を受け入れるため政府は様々な政策を取ってきています。

1998年にWorld Class University Programを大々的に掲げ、積極的に海外から一流有名大学を呼び込み、教育プログラムや教員を誘致しています。よって例えば、街を歩けば、イェールやDuke、INSEADなど世界トップレベルのスクールを目にすることができます。

また、2002年に経済産業省が出した報告書内にはGlobal Schoolhouse Visionが記載されています。これは、シンガポールの教育が経済活性化の観点から見直されたものです。

つまり、優秀な海外からの留学生がもっとシンガポールに来れば、彼ら自体がシンガポール経済に貢献してくれることを織り込んだもので、2015年時点で15万人の留学生を受け入れるというものでした。

実際には2014年時点のUniversity World Newsの情報で2008年時点で97,000人、2012年時点で84,000人、そして2014年時点では75,000人との情報あり

更に、将来の国民となる可能性の高い優秀な外国人留学生を対象に、シンガポール政府は奨学金制度も設けています。

以前中国からこの奨学金でシンガポールに留学していた学生をインターンとして受け入れていたことがあります。聞いた話によると、学費・宿舎代などが政府から補助されているとのことで、卒業後は6年間シンガポールにある企業に勤めるという契約をしているとのことでした。

22-23歳で卒業し、その後6年間シンガポールで仕事をするということは、30歳近くまでこの地にいるということ。裏を返せば、この地における人脈を築いてしまうことを見越しての非常にスマートな契約だと思われます。

余談ですが、このインターン生は、その後当地にある外資の銀行に入行、そこで同じく中国から留学生として来ていた女性と出会い、数年前にめでたく結婚し、つい最近子供ができました。両親二人ともが「シンガポール永住権」を持っている元優秀外国人留学生なので、2人の間の息子さんは自動的にシンガポールの軍隊に行くことになります。

ほかにも、この頃ではミャンマーなどアジア諸国の学生向けの奨学金制度も充実しており、優秀なミャンマー人もシンガポールで学位を取り、就労しています。

1-4. 文化的背景

ここまで見てきてお分かりの様に、シンガポールには「際立った一つのシンガポール文化」はありません。

もともとリー・クアンユー氏がそれを望まず「シンガポール人」という概念の中には、「それぞれの民族がそれぞれの文化や風習、言葉を大切にしながらもお互いを尊重し、ハーモニーを保って国を発展させていく」という考えがあったためです。

ですから、中華系の人のなかでも、福建語を話すシンガポール人と広東語を話すシンガポール人が結婚すると「異文化で喧嘩した!」というご夫婦の話はよく聞く話です。(ちなみにマンダリンは中国語の標準的な言葉ですが、福建語、広東語、海南語などは全く別の言語で外国語と言ってもいいほど違うのでお互いにコミュニケーションが取れません)

よってシンガポール人は幼い頃から、中華系・マレー系・インド系が一緒の机を並べて勉強し、スポーツをし、食事をしていますから、ものの考え方・感じ方・捉え方の「違い」はあって当然であると知っています。それはもう日本人が「自然に空気を読んで行動する」というのと同じレベルの自然なことなのです。

且つ、その違いを埋めるために「英語」(色んな言葉を混ぜて喋る傾向があるので、国際的には「シングリッシュ」と言われることもあります)をツールとして使います。

日本人が得意とする「行間を読む」という行為は危険なことという理解ですので、思っていることはきちんと言葉にしてお互いに伝え合う、という習慣がついているのです。

2. シンガポール人のこだわり・期待値

2-1.学歴

上記内容をここまで読んでこられたあなたには、もうこの「学歴」については説明の必要がないほど、お分かりだと思います。

PSLEを課されるシンガポール人の子供たちは、幼いころから「学歴」については非常に敏感です。

またシンガポール男子皆兵の軍隊内では、「学歴が全て」だと言われています。

どんなに軍人として優秀であっても、「Certificate」がない場合は、いつまでも「一兵卒」です。よって、軍隊に入ることを一生の仕事に選んだ人で「学歴」がないことが出世に繋がらないことを知ってしまったシンガポール人は、一生懸命になって夜間学校に通ったり、一時長期休暇を取り、海外へ留学して「Certificate」を取得してくる例は枚挙にいとまがありません。

2-2.職業

シンガポール人の職業に対するこだわりは、当然といえば当然ですが、シンガポールというこの国で育った背景をそのまま映し出しています。

シンガポール人が毎朝学校で声を上げていう「Pledge(誓い)」の基盤は「Justice(正義・公平性)」と「平等・同等」です。

 

 

前述したように、マレーシアから切り離される前リー・クアンユー氏は「ブミプトラ政策」(マレー語で「土地の子」という意味でマレー人優遇政策)にも大きな疑問を持っていました。

「努力をして自分を磨き上げた人には民族や言葉や宗教に関わらず、公平に扱われて評価されるべき」というのがリー氏の根本的な考え方でした。

ですから、シンガポール人は仕事においても「自分の親がどういう仕事をしていようが、自分がパフォーマスを上げて成果を出している限りにおいては、公平に評価され、それによって報酬が払われるべきである」と強く信じています。

そして、この部分で日系企業は少しギャップがあり、シンガポール人と働くのが難しいと感じられる方もいます。

2-3.収入・ポジション

誰だって収入は多いに越したことはないでしょうし、ポジションもそれ相応に与えられることに不満を持つ人はいないでしょう。

多くの日系企業に勤める日本人駐在員から「シンガポール人はすぐに『Money Money』とお金の話ばかりする」「SGD100給与が高いと言えば、すぐに他社へ転職する」「ポジションを上げてくれと言ってくる前にもっとしっかり仕事してほしい」と嘆きの声を聞きます。

本当にそれが真実なのでしょうか?

実は、これも2-2に説明していることに直接関係します。

もちろんすべての日系企業がそうだというわけではありません。しかし、少なくない在シンガポールの日系企業において「人事制度がない」或いは「あっても不透明で公平性がない」とシンガポール人から見られているのは事実です。

ここまで読んでこられたあなたなら、もうわかりましたね。

そうです。
シンガポール人には、報酬をいただいて仕事をしている限り:

• 公平性が担保されていること
• (シンガポール政府がずっとやり続けているようにトップマネジメントが)方向性を明らかに見せてくれていること
• 実力を出して成果を出していれば評価され、きちんと報酬が与えられること

が「当然」と思っています。
そして何より、

• 自分の意見を誤解のないように伝えること

が「当たり前」の社会で育ってきている人たちなのです。
シンガポール人からよく聞く話です。

「私はこの日系企業に10年勤めているけれど、一度も上司が私のパフォーマンスに言及したことはない。しかし、毎年ほんの少しずつだが、給与は上がるし、ボーナスももらえるので、不満はないのだろう、と思っている。もうそれに慣れてしまった」

よって、収入やポジションに対する不平や不満がシンガポール人から聞かれる場合は、マネジメントサイドも制度や仕事の仕方、コミュニケーションの取り方をよく精査して、必要があれば見直す必要があります。

3. シンガポール人が力を発揮して働く5つのツボ

3-1. 方向性提示と戦略提示

「シンガポール人は自分で考えて動けない」

この言葉は良く聞く言葉です。
しかし、彼らの育った国家背景や国の運営の仕方を把握できてくれば、もう理解できるはずです。

多くのシンガポール人が一番力を発揮できる場面は、トップマネジメントから:

• 明確なゴールを見せられること
• またそのゴールに向かってどういう戦略で会社として動くかを見せられること

につきます。

日本の社会でも若干の傾向はありますが、シンガポール人の場合は、より「失敗したくない」という気持ちは幼い頃からあります。もうお分かりの様にPSLE受験で失敗せずに少しでもいい成績を残すよう頑張ってきたシンガポール人ですから。

失敗をしてマネジメントから「バツ印」をつけられるくらいなら、「言われたことを忠実に確実にミスなくこなす方が良い」という頭が働くのは当然のことと言えます。

よって、日本人のマネジメントがシンガポール人スタッフの成長を願い、「自分で考えてやってみてごらん」という言葉は「失敗をしてしまうかもしれない要因をはらむ危険性の高い仕事」なのです。

その言葉を発する前にシンガポール人が「失敗したくない」「失敗してバツ印を付けられる」と考えている節がある場合はまずそれを説明する必要があります。

そして、上述に準じますがゴール設定をし、それを明確に伝えたら、そこに至る戦略が会社としてはっきりしているならばそれを提示する必要があります。

シンガポール人は「山登りをするのにもたくさんのルートがある」ことを多民族・多文化・多言語の中で知り尽くしています。日本人がどう考え、どういう方法でゴールを目指そうとしているのかを知ることを重要視します。

そこで、もし「自分で戦略を考えてごらん」と言われてしまうと、まだ社会経験或いはマネージャとしての経験が浅いシンガポール人の場合は「自分の考えと上司のやり方が違っている場合、やり直しをせざるを得ないことになり、時間とリソースの無駄である」と考えます。

シンガポール人の部下・同僚の経験値にもよりますが、まだ自身でチームや部門の戦略や方向性を立てたことがない、或いは、今まで彼らに立ててもらってない場合は、少しずつ助走をしてもらって慣れていってもらう必要があると言えます。

3-2. 期待値表明と頻繁なフォローアップ/コミュニケーション

例えば、まだ経験が浅いということで、あなたのシンガポール人部下にあなたの考えている会社として或いは部門としての戦略を説明し、彼(彼女)にやりあげてほしい質のレベル感や、期限など期待値表明もしたうえで、理解してもらったとしましょう。

そのまま放っておいて時が経てば頼んだ仕事が出てくると理解しているとこれまた慌てることになります。

日本では当たり前の「報告・連絡・相談」は世界のどこに行っても当たり前ではありません。報告や連絡、そして相談が部下から自動的に上がってくるときは、既に何か問題が発生してしまっている時と考えていいほどです。

ただ、それを責めないでほしいと思います。なぜならば、日本人が当たり前だと思っている「報告・連絡・相談」するのは世界広しと言えど恐らく日本人だけ(と言っても過言でない)だからです。

先日ある新聞記事に米系ファイナンス会社のCEOの言葉が載っていました。

「部下には自分で課題を見つけ課題を解決する力をつけてほしい。それを繰り返すことでリーダーとしての実力を蓄えていってほしいだから、いちいち様々な事象を報告に来るスタッフ、自分で考えずに安易に相談に来るスタッフは未熟なスタッフだと思っているし、リーダーとしては一人前ではない」

日本の会社でも、当然なんでもかんでも報告し、連絡し、そして「答え欲しさに相談する」スタッフはいただけないと思います。ですから、このCEOのおっしゃることは嘘ではないでしょう。

しかし一方で、日本の会社の強みは「情報共有が関係者にされていること」「自分の打開策を2つ、3つ持参しつつも会社のマネジメントとしてどう対応するかを確認する相談作業」は重宝されてしかるべきものです。

ところが、どうしても英語の得意なシンガポール人はこういう英語の読み物に書かれていることをそのまま「これがスタンダード」と理解してしまうのも事実です。

よって、それも我々日本人側がきちんと説明をして、彼らに我々の考える、そして期待する「報告・連絡・相談」を理解し、賛同してもらう必要があるのです。

これら状況を踏まえた上で、密にコミュニケーションを取り、フォローアップをしていく、そして時には「助けは必要か?どう助ければいいか?」を上司側が尋ねつつ進めていく、というのも日本国内では若干珍しい動きだろうと思います。

3-3. フィードバックの重要性

そしてこれがまたシンガポール人が欲しているのに、日本人側が苦手な部分です。

フィードバックには大きく分けて、ポジティブフィードバックと改善を促すコンストラクテイブフィードバックがあります。

前者は単純にシンガポール人部下が良い仕事をしたときに「褒める」ものです。

一度日本人駐在員研修でこの話をした時に、あるベテランの日本人駐在員が「褒めるとつけあがるので褒めるのは良くない」と発言をしたのに象徴されるように、日本人、特にベテランの域に達していらっしゃる方々は「褒めるフィードバック」が苦手な人が多いようにお見受けします。

いつも研修で申し上げるのですが「褒めるのはタダなのですから、本当に良い仕事をしたときは是非褒めて」あげてほしいと思います。

難しいのがコンストラクテイブフィードバックです。

簡単に言えば、相手に改善を求めたいときにするフィードバックです。「怒鳴る」「怒る」というアプローチではなく、建設的によくない部分を指摘し、理解をしてもらい、相手に改善を求めることを言います。

シンガポール人は、フィードバックに慣れています。PSLEでの成功のために小学校低学年から学校の先生、塾の先生に色々なフィードバックをもらって自分を調整してきているからです。逆に、フィードバックがない状況を気持ち悪く感じています。自分の何が良くて何が悪いと思われているのかが把握できないからです。

ですから、あとは「どう伝えるか?」が焦点になります。

3-4.透明性と公平性をもった評価制度と将来への道筋提示

もう一点シンガポール人がいつも質問してくるのは

「日系企業はなぜ透明性を以った評価制度を作らないのか?」です。

これは敢えて日系企業が作ってない(という場合もありますが)のではなく、作れてないだけの例が多いと思います。

あなたの会社の評価制度は透明度が高いですか?きちんと上司からフィードバックをもらえていますか?そして公平だと感じていますか?

多くの日本の会社はまだ「年功序列型」であったり、「終身雇用制」が人事制度の根幹をなしています。そしてこの制度は決して悪い制度とは申しません。ただ、日本が「いけいけどんどん」の右肩上がりの成長をしていた時に大いに日本人のやる気を支えたこの考え方・仕組みを「成果主義・実力主義」を明らかに国家として唱えている国に当てはめるのは既にひずみが来ているというその点が問題なのです。

この数年でシンガポールにある日系企業の多くがこの点に手を入れ始めました。それはシンガポール人がどんどんと年齢を上げてきて、年功序列・終身雇用制に似た形で運用してきた仕組みが今、持続性がなく競争力に陰りを落とす可能性があることが見えてきたからです。

多くの日系企業には50歳を超え、60歳も超えたシンガポール人スタッフが長期勤務者として20年、場合によっては40年勤務と言う人にもお会いしたことがあります。個々にお話しをお伺いすると「日系企業が好き」「今までの日本人駐在員がみんなとてもいい人だった」と言います。しかし、厳しいようですが、(もちろん全員ではありませんが)彼らのスキルセットは20年前、40年前とほとんど変わらない人も見かけます。にもかかわらず、給与は驚くような給与をもらっています。

なぜこんな事態になっているのか?

それはきちんとした人事制度なく、また研修制度なく何十年と同じ仕事をしてきたからです。彼らのせいでもありません。彼らは彼らなりに、言われたことを忠実に長い年月をかけて勤労してきたのです。

現在60歳近くになってきているシンガポール人は、今のY世代、Z世代とは異なり、シンガポールの建国時代から生きてきている人たちなので、「ハードワーク(重労働)」を厭いません。上司に言われたことはその言葉に従い忠実に実行していきます。まさにシンガポール政府の夜明けから今までの発展の基礎を築いてきた人たちです。ですから、評価やフィードバックなどなくても頑張れた人たちなのです。

一方で、今の若い世代は違います。彼らは生まれた時から既にシンガポールが発展をどんどんしていて、ある意味右肩上がり的に来ている世の中しか知らない人たちです。どんなハードワークを乗り越えて今のシンガポールが成り上がってきているかを実体験はしていません。

それよりも物心がついた時から周りには携帯電話があり、インターネットがあった世代なので、やはり考え方も英語を通してかなり欧米系の影響を受けています。ですから、彼らは欧米的な思考に慣れています。

「自分の目指しているゴールはどこ?そのための戦略は?今何をすべき?それを達成したらきちんと上司に評価されたいし、将来の可能性を見せてほしい」

と考えるのはとても自然なことなのです。

ですから、シンガポールにある日系企業の大きな課題の一つは、今後この「人事制度」をどれだけ上手に活用できるか、にかかっていると言っても過言ではないとみています。

3-6.「人としての付き合い」も期待の一つ

とはいいつつも、シンガポール人を構成しているのは、マレー系・中華系・インド系です。彼らは今も「家族」をとても大事にします。事あるごとにそれぞれの家族や親族単位で集まり、様々な情報交換をしてその密度を高めていっています。

例えば、先日あったマレー人のラマダン(1か月の日中の断食)明けの様子を見てみましょう。

彼等は核家族単位でおそろいの民族衣装をまとい、それぞれの親族を訪れます。その際には、親族先で色々な話をします。もちろんこの1か月のラマダンのこと、つまり宗教心について、そして、家族の成長の話、仕事の話、上司の話、友人の話…話の内容は尽きませんが、ここで色々な情報が交換され、関係性を深めていきます。

この「関係性」については、中華系もインド系も同じです。彼らは、率直で心を開いた関係性を重視しています。なぜか?

それがこの国の方針だからともいえますし、もともと「大家族主義」のマレー系・中華系・インド系だから、という民族的な背景もその理由の一つだと言えます。

ある日系企業の社長が「社内ではなかなか言葉を発しないスタッフが、バーベキューなどに誘うと、とてもおしゃべりになり、こんな一面もあったのか、と驚いた」とおっしゃったことがあります。これは決して不思議なことではなく、そういう距離の取り方をしているという理解の方がシンガポール人の心境には近いでしょう。

日本人はどうしても社内では「ポーカーフェイス」になりがちで、あまり雑談を好まないと思います。それも日本の企業文化なので、善し悪しの問題ではないのですが、シンガポールにおいては、ちょっとした声掛けが「良い上司」かどうかの一つの指標になっているように見えます。

日本人である私が話をするととっても素晴らしい社長さんなのに、シンガポール人スタッフからは「完全なだめだし」をされている方や逆に日本のご本社からは「どうかな、と思っている」などとお聞きしたはずの社長さんがシンガポールスタッフから絶大な人気と尊敬を集めていたり、というのはよくある経験です。

つまり、見ている観点が違うのです。

たまにはランチに一緒に行ってみてざっくばらんに話をしてみる、週末の後の月曜日には「週末はどうしていたの?」などと少し興味を持って聞いてみる、或いは、週末に家族も巻き込んだバーベキューをしてみるなど、距離を縮める努力をするのも一案です。その中から見えてくるシンガポール人の仕事上での悩みや考えていることなどが見えてくるものです。

4. 最後に

ここまで読んでくださったあなたはもう最初に問題提示した以下の

·       約束の時間に遅れる(日本人ほどの抵抗はありません)
·       名刺を渡すときに、相手の方に向けて渡さない
·       お客様との打ち合わせで部屋に入るとお客様側の社長が座るべき席に自社のシンガポール人スタッフが悪ぶれる様子もなく座っている
·       報告・連絡・相談をしない

に対する答えが見つかったのではないでしょうか?

そうです。

「日本人が“普通”と考えている枠組みをシンガポール人が知らない」

というだけのことです。

シンガポール人の中にも日本人の中にも、一緒に仕事をする相手が嫌がるようなことをしてやろう、と思っている人は基本的にはいないと考えていいでしょう。そんなことをして得をする人はいないからですね。

且つ、これら考え方の枠組みはどちらが正しくてどちらが間違っているものではないことがよくあります。なぜならば、その枠組みは、積み上げてきた歴史や文化にそのルーツがあるからです。

よって「違うんだ」ということを正面から把握し、そこをどう一緒に乗り越えていくかを考え話し合うこと自体が外国人マネジメントにおける第一歩です。それはこれだけグローバルされた世界で仕事をせざるを得ない今の時代の我々にとっては、とてもいい機会なのです。

逆に言えば、外国人と仕事をする際にこの「違い」を敏感に感じ取って背景を正しく理解をした上で接しないとお互いに不幸になる、といえます。そして、よく考えてみれば、これは日本人同士でもあることですね。

シンガポール人の部下や同僚を持っているあなた、ここまで読まれてみて、彼らと一緒に成果を出せるツボで何か参考になるアイテムは何か見つかりましたか。シンガポール人について、またシンガポールで長く仕事をしてこられているスタッフについての「肝」は以下ですので、もう一度まとめておきます。

• 方向性提示と戦略提示
• 期待値表明と頻繁なフォローアップ/コミュニケーション
• フィードバックの重要性
• 透明性と公平性をもった評価制度と将来への道筋提示
• 「人としての付き合い」も期待の一つ

これはどこの国籍の人と働く時でもそうだと思うのですが、要はこういうことです。

「自分の価値観の枠組みから見える景色内で、自分の価値観と違う相手の言動の理解をしない」

これをお伝えしたいためにシンガポール人を例にとって色々なバックグランドや成り立ちから話をしてみました。

今回は「シンガポール人」に限った形で書きましたが、根幹となるコンセプトや考え方は、どこの国の人と働く時も同じだと考えています。

英語に「put yourself in others‘ shoes」という言葉があります。簡単に言えば、「他人の立場で考える」ということですが、実はシンガポール人と接しているとそれ以上の意味を感じます。

彼等は、その他人がどういうバックグランドを持って、またその経験や知識、ポジションからどういう景色を今、見ていて、そう考え、そう言動しているのか、までを見据えているように感じます。それは、初代首相リー・クアンユー氏が大事にした「それぞれの民族が自分たちの文化や言葉や風習をきちんと踏襲して、それでも尚、色んな民族が幸せに自らの力を発揮して生きていける国」の中ではぐくまれた才能なのでしょう。

日本人であることは日本人全員にとって誇りだと思います。シンガポール人にとってもそれは同じで、シンガポール人であることが誇りなのです。

彼等の誇りを大事にし、そして彼らがもともと持っている優れた点を最大限に伸ばせるような仕組みや関係性を構築し、シンガポール拠点で大きな成果を出してくださることを祈っています。

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サンディ 齊藤
1994年渡星。アジア進出日本企業の日系企業らしいグローバル化・ローカル化を促進することをミッションに在アジア日本人駐在員向け、ローカル社員向けにリーダーシップ研修を核としたマネジメント研修を幅広く実施、その他企業戦略やMVVに即したグローバル化・ローカル化推進のための長期プロジェクトにも関わる。
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