「報連相」は世界基準?
日本で学業を終えて就職するとまず受ける教育が「それぞれの企業哲学や行動基準」「プロダクト説明」や実務レベルで言えば「社会における電話対応」や「ビジネスエチケット」だろうと思います。合わせて、多くの方々が「報連相」も叩き込まれて数年の間に血肉となっているのではないでしょうか?
東南アジアの日系企業に海外赴任初めて、という形で駐在員が来られるとほとんどの方々が「なぜ現地スタッフは報連相をしないのか?」「彼らが何をしているのか、何を考えているのか、さっぱり分からない」と怒りや戸惑いをあらわにされます。それくらい「報連相」は我々日本の企業に新入社員として入社した人にとっては「当然すべきこと、できて当たり前のこと」なのです。
一方で、こちら現地社員の方々からすると「なぜわざわざ自分の仕事の進捗や課題を上司に説明する必要があるのか分からない。まさに自分には能力がないから、いちいち報告したり、連絡したりしなくてはいけないように感じる」「マイクロマネジされている気がする」「つまりは、日本人駐在員は現地スタッフを信頼していないし、権限も渡したくないから、いちいちすべての情報が欲しいと思うのではないですか?」と真顔で聞かれることもしばしばです。
日本人マネジメントは、部下を本気で育てる気持ちがあるのか?
ずいぶん昔に講師仲間のイギリス人教授にもこの話をしたことがあり、イギリス人的にはどう考えるものか、議論をしたことがありました。私が「報連相」の概念・背景・方法を説明していくにつれ、この教授の顔が厳しくなりました。彼の一言目は今も忘れられません。「君たち日本人マネジメントは、部下を本気で育てる気持ちがあるのか?」もちろん、「Yes」と答えると、「マネジメントが部下に与えなくてはいけないものが何か知っているか?それは、信頼と権限だ。それを与えずして、人は困難を乗り越え、目標を達成できる次世代リーダーにはなりえない」と言われました。もちろん、もともとこの教授が持っている前提と我々日系企業の前提が異なることもある上に、限られた時間で議論できた情報が包括的でないことはあるのですが、最終的に彼は「君のいいぶんもわかる。しかし、報連相が世界どこででも通用するとは思わないし、もし本当に報連相をうまく在外日系企業で機能させたい、というのであれば、かなり細かく現地スタッフに説明をし納得してもらい、それに合わせた研修などをして理解を高めてからでなくては一般的に外国人には把握しづらいだろう。君の説明を聞いていて思ったが、本来的には上司も部下に対して報連相をすべきではないか?」と言われました。つまりこの時点で、私は「報連相は外国では当たり前でも何でもない」ということを思い知らされたのでした。
前提の違いを理解しているか?!
数週間前、ある日系製造業の現地スタッフマネージャ層に対して「管理職研修」を実施していた時の事です。この企業の日本人人事部長のご依頼で「現地スタッフマネージャが全く報連相をしてこないから、彼らが何をしていて、何が問題なのか、全く見えない。彼らに事前アンケートを取り、同じアンケートを日本人駐在員にもとってその違いを明らかにし、現地社員に日本人の苦悩をわかってもらい、且つ、管理職としての動きができるような研修を作ってほしい」と言われました。私はこのようなご依頼を過去10年ほどたくさん受けているので、アンケートをしなくても現地社員から出てくる課題意識と、駐在員の考えている課題意識の明らかな違いを含み、ある程度の結果は分かっていましたが、やはり「実際の自社データに勝る気づき」はないので、アンケートを実施させていただくことにしました。結果は、以下予想通りとなりました。(一部改変)
現地社員側の意見 | 日本人駐在員側の意見 |
「日本人から様々なリポートを求められるが、これは日本の企業文化なのか?」
「日報、週報、月報とこれらの作成だけでも実際の仕事の時間をかなり費やしているのに、今以上にどんなリポートをしてほしいのか?モノづくりが自分たちの仕事なのに、リポートすることが仕事なのか?と疑問に思う」 「具体的に何をリポートしてほしいのか、質問しても『そんなことはマネージャなのだから自分で考えなさい』と言われ戸惑っている」 |
報連相をしてこない。なぜ情報を隠すのかわからない」
「タイムリーに報告が上がってこない。事が起こってしまってから、相談に来るとはどういう了見なのだろうか?」 「彼らはどういう風に情報を扱っているのだろうか?なぜ上司・同僚と共有しないのか?」 「管理職としての動きはできているのか?」 |
ここまで読み進められた読者の皆様には、もう既に本質的な課題が見えてきたことでしょう。そうです、本質的な課題は「日本人側は、報連相をすることが当然だと現地スタッフに期待し、現地スタッフ側は、報連相自体を知らない」ということです。これは、まさに先のイギリス人教授の意見のとおりです。
よって、この研修でも、もともと報連相は管理職研修レベルの領域ではないので、教授対象ではなかったのですが、結局この20名ほどの管理職に「報連相とはなんぞや」「何をすべきなのか」「いつすべきなのか」「なぜ必要なのか」を3日間研修のうち半日を費やして教授することとなりました。
現地スタッフは目をキラキラさせて学びました。「既に10年勤務しているが、今やっとなぜ日本人駐在員がリポート、リポートと言い続けるのかようやく心から理解できた」「私は米系企業から転職でこの会社に来たが、『相談をしてきてください』と上司に何度も言われ、自分で解決できそうだと予測できることは自分でやってきていたが、今ようやく、上司の『相談してきてください』の意味が分かった!」などというフィードバックをたくさんいただくこととなりました。また現地スタッフの中には「いちいち、些末なことで忙しい駐在員をさらに忙しくさせたくない、自分たちの経験上何とかできる、と思えることは自分のチームで何とかやりこなすべきだと思っていた」ということをおっしゃる方も多く、「情報を隠す」とか「こそこそしている」わけではないことも多々あるのです。
ある哲学者が言っています。「人は誰も『悪気』があって言動をとっているのではない。各々が、『善かれ』と思ってしている言動が、相手から見ると受け入れがたい言動になっているだけのことである。つまり、各々の『前提』が違うということである」
これは、海外における「報連相」に限ったことではないと思います。海外に駐在していらっしゃる皆様、これから海外を目指していらっしゃる皆様、日本で日々頑張って仕事をされている皆様、日本は確かに世界に類をみない素晴らしい国家と国民の支える国だと長く海外にいるとつくづく感じます。ただ、日本で信じられていることや日本で当たり前のことすべてが世界基準ではないこと、それぞれの国にはそれぞれの「前提」があって、そこではそれが「基準」である可能性が高いことを心に刻んで世界という舞台でよりよい仕事をしてくだされば、と思います。
サンディ 齊藤
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