「2年経ってやっと使えるようになったら辞めていく…」「言われたことしか、やらない…」「退社時間がくると仕事の途中でも帰ってしまう…」。日系企業の駐在員と話をしていて、現地採用の外国籍スタッフの話題になると、このような嘆きがよく聞かれます。
こうした外国籍スタッフの働き方を「合理的」とみなしつつも、仕事のやり方として問題があると捉える日本人駐在員は多いようです。日本貿易振興機構(JETRO)による「アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」(2015年)を見ると、経営の現地化を進める際の現地サイドの問題(複数回答)は、第一位が「現地人材の能力・意識」(61.0%)、第二位が「幹部候補人材の採用難」(39.5%)と、人事面に問題が集中しています。
人材育成が得意とされる日系企業で、なぜ外国籍スタッフの定着・育成が問題となっているのでしょうか。日系企業で外国籍スタッフの育成が求められる大きな理由は、第一に経営の現地化であり、第二にダイバーシティ・マネジメントの実現です。そこでこの二つの理由に即して、外国籍スタッフの育成に向けた課題を考えてゆきましょう。
経営の現地化 –外国籍スタッフの育成が求められる理由(1) –
海外市場のニーズに的確に対応し、外国籍スタッフの能力発揮を促すためにも、多くの日系企業が外国籍スタッフを役員に据えて経営の現地化を進めたいと考えています。特に外国籍スタッフの役員・管理職としての活躍が求められるのは、「営業・販売・マーケティング」「財務・経理」「人事・総務」の3つの職域で、さらに製造業では「製造・品質」が加わります。なかでも「人事・総務」のトップに外国籍スタッフが就任することは、外国籍スタッフの昇進機会が確保されていることの象徴であり、一般の外国籍スタッフの意欲を促進するものとして重要視されています。そのため日系企業で現地の外国籍スタッフを役員以上へ登用することを目指す企業は54.0%と半数を超えます。ところが実際には、役員以上に登用している企業はその半分程度の26.8%にとどまっているのです(JAC Recruitment『ASEAN人材戦略レポート2016』)。
日系企業で外国籍スタッフの定着・育成が進まない要因に、判断を必要とする業務は日本人駐在員が担い、外国籍スタッフは指示された業務を行うというように、駐在員と外国籍スタッフで業務が分担されていることが指摘できます。外国籍スタッフは指示された業務をこなす日々に埋没しがちなため、責任ある業務を通じて新たな知識や経験を獲得する機会に乏しく、能力育成が滞る傾向にあるのです。
駐在員と外国籍スタッフの業務分担が生じる背景には、日本本社に権限が集中し、海外現地法人の決定権が弱いことがあります。経営の現地化には優秀な外国籍スタッフが求められますが、海外現地法人に権限が委譲されないために、日本人駐在員が経営、管理、業務遂行で中心とならざるを得ず、結果として外国籍スタッフが育たない、というジレンマに日系企業は陥っているのです。
外国籍スタッフ離職の背景
育ててもどうせ辞めるのだから、外国籍スタッフに重要業務は任せられないと考える方もおられるでしょう。
前出のJAC Recruitmentのレポートによれば、「コア人材の定着性の悪さが事業運営に深刻もしくは多少の悪影響を与えている」とする日系企業は25.9%と約4分の1を占めます。その一方で、定着性は「特に悪いわけではない」(47.9%)、「すこぶる良い(ほとんど辞めない)」(19.8%)との回答は多く、外国籍スタッフの離職率は企業ごとに大きく異なると推察されます。外国籍スタッフは短期間で離職するジョブホッパーであると一律的に捉えると、問題の本質を見誤るでしょう。
外国籍スタッフは離職するので重要業務は任せないとする職場の実態が、外国籍スタッフの成長欲求、キャリア形成志向を阻害し、離職をもたらすという悪循環を生み出しているのです。
ダイバーシティ・マネジメント –外国籍スタッフの育成が求められる理由(2) –
外国籍スタッフの育成が求められるもう一つの理由に、ダイバーシティ・マネジメントの実現があげられます。ダイバーシティ・マネジメントとは、性別、年齢、人種・民族、国籍、宗教などが多様なスタッフの活躍を進め、様々な価値観を経営に活かして組織の活力を高めようとするマネジメントのあり方です。似たような属性を持つ同質性の高いスタッフによる組織は、思考が似通うため意思統一が図りやすいメリットがある一方で、新しい発想や価値が生まれにくいというデメリットがあります。そのため変化が激しいグローバル経済では、ダイバーシティ・マネジメントを進めることで経営の柔軟性が増し企業競争力が高まると考えられています。今日の日系企業で、多様な人種・民族、国籍、宗教的背景をもつ外国籍スタッフの活躍が求められるのはこのためです。
ところでダイバーシティ・マネジメントの第一段階とされるのは、性別の多様性、すなわち大半の企業においては女性の活躍です。性別による差異は男女共通の課題であるワークライフバランスの実現によって縮小しますので、比較的進めやすいと考えられています。日本では女性活躍推進法が施行され、女性管理職比率等の数値目標を設定することが義務付けられるなど、企業での女性の活躍が推進されています。
とはいえ日本の女性管理職比率(課長以上)は8.7%と低く、男女の経済的平等度は145ヵ国中の106位です(世界経済フォーラム『世界男女格差レポート2015』)。ASEAN諸国ではシンガポール9位、フィリピン16位、タイ19位、マレーシア95位、インドネシア114位となっています。世界的に見て日本は女性が十分に活躍できておらず、多くの日本企業はダイバーシティ・マネジメントの第一段階をクリアしていません。日系企業の海外法人で、外国籍スタッフの能力発揮が進まないのも当然かもしれません。
外国籍スタッフ育成と女性活躍推進に共通する問題の構造
そもそも日本の企業は、長期休職などの不確定要素の少ない男性を対象に、定期的な異動を通じて知識と経験を蓄積させる人材育成方法を取ってきました。このため早期離職が見込まれる女性と外国籍スタッフには、指示された業務を的確にこなすことのみを求め、判断業務を与えてきませんでした。こうした業務を通じた成長機会の欠如が、仕事へのやりがいとキャリア見通しを失わせ、早期離職に導いていることは先に記したとおりです。
それでは、企業にとどまる場合の意識と態度はどのようなものでしょうか。日本国内の女性の場合、女性の能力発揮機会が制限されることへの反応に応じて、大きく3グループに分けられます。第1のグループは反発組で、女性の活躍機会の少なさに不満を抱き、能力発揮のチャンスが与えられれば前向きに取り組もうとします。第2のグループは諦め組で、かつては第1グループだったものの職場の変わらなさに落胆している層で、力はあるものの女性活躍の取り組みには期待せず静観する態度を示します。第3のグループは適応組で、女性をアシスタントとして扱う職場風土に適応した結果、キャリア形成よりも私生活や就労継続を優先する傾向にあります。そのため「負担と責任はイヤ」と考え、異動や昇進を拒否しがちです。外国籍スタッフの場合、反発組と諦め組は転職行動に移りますので、必然的に適応組が多くを占めることになると考えられます。
外国籍スタッフの育成に向けて
外国籍スタッフの育成に必要なのは、判断をともなう基幹的業務を担当する機会です。それには、海外現地法人の権限が強化されることが求められます。さらに責任ある業務や役割に忌避的態度を示す外国籍スタッフに対しては、指示された業務をこなす日々に適応した結果であることを踏まえたうえで育成ビジョンを示し、研修を通じた意識転換を図る必要があります。そのためには、公正で透明性の高い雇用管理制度が必要とされるでしょう。
折しも日系企業は、進出地域の事情に即応する機動的な経営を目指し、地域統括拠点を設置し域内の業務、財務、人事などを管理する動きを強めています。地域統括拠点が域内の経営管理に強い力を発揮する時、外国籍スタッフの人材育成は大きく進展すると考えられます。今まさに、日系企業は経営のグローバル化に向けた組織管理体制の転換を求められているのだと言えます。
駒川智子
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