経営資源に目を向ける
「私たちの会社の強みを活かそう」というような議論がされることがあります。「会社の強み」とは何のことでしょうか。あるいは、「会社に強みがある状態」というのは、どういう状態のことでしょうか。今回は、こういったことについて考えていきたいと思います。
経営学の世界では、大きく2つの視点があります。1つは会社の外の環境に目を向ける視点。自分たちが属している業界は儲かりやすい業界なのか、その業界の中でどういうポジションを狙っていくのか、というようなことを議論します。伝統的に経営戦略を語るというのは、こういった議論をするということでした。しかし一方で、会社の内部に目を向ける視点にも注目が集まるようになりました。一般的に経営資源は、ヒト・モノ・カネ・情報というふうな分け方がされているかと思います。こういった経営資源に競争力があるのかどうかを議論しようということです。アカデミックの世界ではどちらの視点が大切かという議論(戦い?)もあるかと思いますが、実際のところ、両方とも大切、なんだと思います。
VRIOフレームワーク
経営資源の強みを分析する枠組みとして、VRIOフレームワークを紹介したいと思います。これは、どういう要件を満たした経営資源が「持続的に強い」と言えるのかということを検討したものです。バーニーが展開した議論をベースにしながら、考えを進めていきたいと思います
VRIO フレームワーク
V :Valuable(価値がある) |
まず、経営資源が、何らかの市場機会の獲得に繋がるものである必要があります。顧客に何らかの価値を提供できる源泉になる、と言い換えても良いと思います。しかしそれだけでは、足りません。その経営資源を持っている企業がたくさんいるようでは、その経営資源が「強みの源泉」であるというふうには言えないでしょう。
さらには、現時点で、その経営資源が価値があり稀少であったとしても、簡単に真似ることができるものであるならば、「持続的な強みの源泉」というふうには言えないでしょう。
価値があり、稀少で、模倣が難しい経営資源が、組織的な手続や文化などによって裏付けられているのであれば、その強みは、一層盤石なものになるでしょう。なぜなら、組織の手続や文化などは、一朝一夕に作り浸透させることができるものではなく、長い時間をかけて熟成されたものだからです。
例えば、あなたがネイルサロンを運営しているとします。惚れ惚れするような美しいネイルを描くことができる技術力が、あなたのサロンの価値の源泉になるかもしれません。予約待ちの女性たちは、その技術の結晶が自分の爪の上に描かれる日を心待ちにしています。そのサロンでは他のサロンではなかなか導入できない特殊な技法を使っているので、極めて稀少性のあるものかもしれません。また、その技法は、今は亡き伝説のネイリストから受け継いだ一子相伝のものだとすれば、他のサロンには真似できないものです。さらには、ネイリストを志す人々は、あなたのサロンで働けることを夢見ているかもしれません。狭き門を通過して入社できたネイリストたちの間には、強い連帯感と高いプロ意識があり、その組織文化がサロンの価値を支えています。
そんなネイルサロンであれば、「持続的に強い」経営資源(女性が美を磨くネイルサロンという場所に対して「強い」というのも何だか変ですが…)を持っているというふうに言えると思います。
その上でバーニーは、VRIOの中でどれを満たしているかによって、どういう競争力の結果になるのかを整理しています。
V (価値) | R (稀少) | I (模倣困難) | O (組織的) | 結果 |
× | - | - | 左の状況を裏付ける | 競争に負ける |
○ | × | - | 競争均衡 | |
○ | ○ | × | 短期的な競争力 | |
○ | ○ | ○ | 持続的な競争力 |
価値が無ければ競争に負けますし、稀少でなければ上手くいって競合と引き分けです。価値があって稀少であっても模倣が容易であれば、その競争力は短期的なものにとどまってしまうでしょう。価値があり、稀少で、模倣が難しい経営資源が持続的な競争力に繋がるのです。
アジア展開におけるVRIOフレームワーク
それでは、このフレームワークを、アジア展開の現場に当てはめてみようと思います。
さきほどのネイルサロンを運営しているあなたは、ベトナムでの展開を始めることにしました。街は活気に溢れ、美容に関心の高そうな若者もたくさんいます。最近は韓国ファッションに押さえれつつあるかもしれませんが、依然として日本のファッションに対しても高い興味がありそうです。あなたと仲間たちが日本で築いてきた「持続的な競争力」がある経営資源が活かせそうです。
しかし、いざ取り組んでみると、思うようにいかないものです。
その経営資源は、価値があるでしょうか。「価値がある」というのは、「顧客がその価値の分だけ追加的な費用を払う意欲がある」ということでなければなりません。ベトナムの女性は美しいネイルに関心はありますが、ネイルにかける支出は、日本ほどには高くないかもしれません。ベトナム人女性の声を聞くと、あなたのサロンのネイルは、確かに素晴らしいものだと評価されますが、「そこまでお金を出すほどではない…」と思われているかもしれません。日本市場では評価されていて自分たちの強みだと思っていたことが、アジア新興国市場では顧客から十分に評価されないようなことがあります。
その経営資源は、稀少でしょうか。技術力に誇りを持っていたあなたですが、実はその技術力は、日本では手に入るマニキュアや施術機械があってはじめて十分に発揮できるものでした。ベトナムで何とか揃えることができるマニキュアや施術機械を使っている限りは、ベトナム市場において「稀少」とまでは言えるレべルには到達しそうにないかもしれません。自分たちの強みとなる経営資源を発揮する環境が、日本とアジア新興国では異なっているようなことがあります。
その経営資源は、模倣が難しいでしょうか。日本では考えられないことですが、あなたのサロンで勤めていたスタッフが急にサロンを辞め、しばらくすると独立してサロン経営を始めてしまいました。しかもあろうことか、一子相伝のはずの技法を動画サイトにアップしてしまいました。日本で展開している技術力には及びませんが、マニキュアや施術機械に制限のあるベトナムでの技術レベルということでいうと、あなたのサロンの技術は模倣可能なものになってしまいました。アジア新興国では、「持続的な競争力」がある経営資源の前提となっている事業環境が日本とは異なっていることがあります。
その経営資源は、組織的に裏付けられているでしょうか。あなたのサロンはベトナムではまだ有名ではありませんので、あなたのサロンで働きたいと希望を持っているネイリストの卵の数は多くありません。狭き門、というほどではありませんので、どうにもモチベーションの低いスタッフもいるかもしれません。また、スタッフに対するあなたの厳しい態度は、ベトナムの一般的な上司の態度とは違ってるのかもしれません。そもそも、組織の文化や空気を作るというのは、長い年月と様々な出会いや別れを経て熟成されていくものです。日本で実現できている組織的な強さを、すぐにベトナムでも実現できるというような甘いものではないのかもしれません。アジア新興国では、労働者の特徴や、労働市場における自社のプレゼンスが、日本とは異なっていることがあり、それが組織の強さに影響を与えます。
もちろん優れた技術力があるわけなので、固定的なファンが徐々に増えてきて、ベトナムでも小さなサロンを運営していくことはできそうです。しかし、日本での展開のように「持続的な競争力」がある、というふうには言えるものではないかもしれません。
さて、作り話を使いながら議論を進めましたので、少し現実味に欠けることもあったかと思います。しかし、読者の皆様のアジア新興国展開の状況にVRIOフレームワークを当てはめてみると、どうでしょうか。日本では競争力があると思っている経営資源や戦い方を、そのまま新興国に持って来ようとして、実は、その経営資源に価値が無かったり、その経営資源の力を十分に発揮できる事業環境ではなかったり、ということが起こってはいないでしょうか。
自分たちの「会社の強み」を冷静に見つめ、それを強化していく施策を検討するにおいて、VRIOフレームワークが投げかけてくる問いは、非常にドキリとさせられます。「あなたの戦い方は、価値がありますか?稀少ですか?真似しづらいですか?組織に裏付けられていますか?」
小川 達大
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