本連載では、国際経営戦略に関する学問的な枠組みを紹介し、ビジネスの現場で活かす方法を議論していきます。やや抽象的で「すぐに使えるツール」のようなものではありませんが、むしろ「骨太な思考の土台」を持つことの重要性を本連載では意識したいと思います。読者の皆様が自社の経営方針に関する仮説を検討する際の参考になればと思います。
なお本稿は、チュラロンコン大学サシン経営大学院サシン経営大学院サシン日本センター所長の藤岡資正先生の講義を参考にさせて頂いております。(サシン日本センターウェブサイト:http://www.sasin.edu/what-we-offer/thought-leadership/sjc-japan/)
前回は、バートレット&ゴシャールの「国際化の分類」を紹介いたしました。「国際統合効果の程度」と「現地適応の程度」という2つの軸によって、国際経営の在り方を大きく4つに分類するものです。そして、業種や企業の特徴によって当てはまるタイプや目指すべきタイプが異なる、ということを議論しました。(前回の記事は、こちら)
今回は、実際の経営判断における、この枠組みの活かし方について考えていきたいと思います。どの経営機能を本社に置くか/現地法人に委譲するか、M&Aとその後のPMI(Post-Merger Integration買収後統合)をどのように推進するか、どのような人材に活躍の機会を与えれば良いか。そういった様々な経営判断の場面において気付きや指針を与えてくれる枠組みです。
機能レベル
前回の議論を読みながら、「そんなの右上(Trans-national型)が一番良いに決まっているじゃないか」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。統合効果を得ながら現地適応力も強化できるのが一番良さそうです。確かに、この枠組みを業界や企業のレベルで語っているだけでは「なんだか良い会社になりたいね」と言っているだけで、具体的な議論になっていかないことも多いのではないか、というのが実感です(もちろん、会社全体として、大きな方向性を議論し共通認識を持つことが必要な時もあると思います。)。この枠組みを企業活動の機能別(バリューチェーン)に分解すると、更に有効なものになっていきます。
統合効果を意識した方が良い機能と、現地適応を意識した方が良い機能があります。大雑把な一般論としては、調達や開発(特に、基礎開発)は国による違いの影響を受ける部分が小さく規模のメリットも効きやすいので統合効果を効かせた方が良く、マーケティングや営業は国による違いが大きい活動ですので現地適応を効かせた方が良いかと思います。商品開発や製造は、場合による、というところかと思います。あくまでも、「大雑把な一般論」です。業種や企業によって、大いに異なります。
企業レベルの分類を、機能レベルに分解すると、議論が具体的になります。「調達機能の統合効果を高めるためには、どうすれば良いだろうか。共同購買するアイテムを増やしてサプライヤーに対する交渉力を高めていこう。」「営業機能の現地適応力を高めるためには、どうすれば良いだろうか。営業に関する権限を、本社から現地法人に移そう。」といった具合です。
イメージとしては、機能レベルに分解した分類を、付加価値ベースで加重平均したものが、企業レベルの分類になるかと思います。そういう意味では、企業レベルの分類と、機能レベルの分解との間に整合性があるかどうかを意識することも大切になってきます。更に言えば、機能レベルの分類は、業務レベルに分解が可能です。調達機能が、グローバルサプライヤーとの基本的な条件交渉、各国のサプライヤーとの詳細な調達条件の交渉、日々の入荷管理、というように業務に分解するイメージです。すると、更に議論は具体的になります。この国際展開の型の議論は、多層構造になっているのです。
M&AやPMIに活用
自社の機能を強化していくための手段として、企業買収や提携が検討されることがあります。M&Aには「時間を買う」「顧客基盤を買う」など様々な側面がありますが、「機能を買う」という側面もあります。それゆえ、上記の機能レベルの議論が十分に整理されていると、M&Aに関する議論や交渉も整合的でスムーズなものになるはずです。「自分たちは、どの機能において、統合効果を高めていきたいのか。どの機能においては、現地適応を高めていきたいのか」ということが整理されていると、対象企業の選定や評価がしやすくなります。
例えば、「営業機能の現地適応を高めていこう」という大方針があるのであれば、買収候補の企業を評価する際には、営業ネットワークがあるかどうか、営業力の強みは何らかの構造に裏打ちされた持続的なものか、というようなことが重要なポイントになってくるはずです。
あるいは、「本社の強い開発力を活かして、国際統合効果を伸ばしていこう」という大方針があるのであれば、買収候補企業との交渉の中で、相手企業の(自社よりも劣る)開発機能を維持するような妥協をしてはいけないはずです。本来発揮できるはずの国際統合効果を発揮できずに、十分なシナジーを実現できなくなります。
買収プロセスが完了すると続いて、自社への統合すなわちPMI(Post-Merger Integration)のプロセスに入ります。特に新興国企業を買収する場合には、買収前のデューデリジェンスでは十分な情報が提供されなかったり、提供された情報の真偽が不確かであったりすることが多いです。そういった場合には、買収後の短期間のうちに、あらためて対象企業を精査し、統合方針を検討・実施していく必要があります。
PMIでは多くの場合、社内の部門を横断したプロジェクトチームが組成されることになります。経営企画部門や海外事業部門がPMO (Project Management Office)として全体の統括をしながら、開発部門、生産部門、経理部門、人事部門、IT部門など、様々な部門と連携しながらPMIを推進します。それゆえ、経営陣とプロジェクトチームのメンバーが、PMIの全体方針と、その全体方針を反映した機能別方針を十分に理解しておく必要があります。
新興国企業を買収する場合、日本企業側(あるいは日本人側)からすると、対象企業の業務の品質が「至らない/劣っている」ように見えてしまうことが多くあります。営業管理の方法は適当で組織化されていないように見えますし、生産現場はムダが多く品質が低いように見えます。その「至らない/劣っている」部分が、日本企業としては改善余地やシナジー余地であるということもありますが、一方で「日本品質」を押し付けてしまうと過剰品質で現地市場での競争力を失ってしまうこともあるかもしれません。日本品質の「痒いところに手が届く」ような高い品質の製品を作ろうとしてもコストが高くなってしまい、新興国現地市場での競争力を失ってしまうかもしれない、というようなことです。
全体統括をするPMOには、現地の事業環境、自社の強みと弱み、対象企業の強みと弱み、を踏まえて大方針を検討し、機能別方針に分解することが求められます。その際の頭の整理に、今回紹介させて頂いた「国際化の分類」の枠組みが参考になると思います。すなわち、「自社の分類は何型か。各機能の分類は何型か。今回の買収は何を強化する目的か。」ということを、プロジェクトに関わる全ての人が共有していれば、PMIの推進力は高まるはずです。
M&A巧者の企業は、実際の案件が動きだす前の段階で、国際経営の大方針とそれを反映した対象企業の要件やPMIの初動に関する仮説を持っているものです。M&Aは勝負どころでは短期決戦になりがちですので、このような事前の心構えが巧拙を決めます。
求められる人材
最後に少し議論が逸れますが、国際化の分類と求められる人材の関係について少し考えてみたいと思います。海外展開の型によって、活躍できる人材のタイプも異なるのではないかと思っています。渋沢栄一も「才能の向き、不向きを見抜いて、適材を適所に配置すること」の重要性を語っています。
例えば、Multi-domestic型の事業であれば現地の事業環境に適合することが重要になりますので、現地のステークホルダー(社員、ビジネスパートナー、顧客、政府など)の意見をうまく引き出しながら自社の製品やサービスを変えていけること、変える必要性を本社に主張できることが必要かと思います(フレキシブル型)。一方で、Global型であれば国際統合効果を発揮することが重要になりますので、自社のスタイルや技術を自分たちとは考え方の違う現地の人々に浸透させることが必要です(エバンジェリスト型)。また、Trans-national型であれば国際統合と現地適応の両方をバランスよく実現することが求められるわけですので、自分たちのやり方を主張するところと、現地に合わせるところのバランスを正しく見極めることが必要です(バランサー型)。
「グローバル人材」や「海外要員」というような便利な言葉で片付けてしまうのではなくて、自分たちの事業の特徴、自社の戦略、各機能の方針を踏まえて、適性のある人材を配置することが求められます。それゆえ、組織や人材の議論の前提にあるのは、合理的でユニークな事業戦略であるはずです。
小川 達大
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