「異文化コミュニケーション」を成功させて収益を上げるための3つのコツ ~あなたはどの段階でつまづいている?~

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  1. 日本国内であっても、自分の周りに存在している「異文化」
  2. 異文化コミュニケーションの土台
  3. 異文化コミュニケーションを上手に使い企業収益をアップさせる成功のコツ
    3-1. 異文化を理解するための自己認識を深める
    3-2. 異文化を理解するための他者認識を高める
    3-3. 異文化において自分と相手をつなぎ合わせるコミュニケーションをどうとるか
  4. 外国人相手のビジネスにおける異文化コミュニケーションを身に着けて一気に売上アップ
    4-1.  第1段階:日本人はなぜ「クオリティ」を重視するか理解する
    4-2.  第2段階:相手の話を聞き、合わせて相手に日本の考え方・背景を説明する
    4-3.  第3段階:今後の動き方を決めて、同意してもらう
  5. 最後に

 

あなたは「異文化コミュニケーション」という言葉を聞くと、どんなことを思い浮かべますか

  • 文化の異なる人たち同士の間でのコミュニケーション
  • 日本人ではない人とご自身(ここでは日本人とします)とのコミュニケーション
  • 経験がないからイメージがわかない
  • 外国人の知り合いや同僚・友人がいないから感じたことがない

そもそも、「異文化コミュニケーション」とはどういう意味なのでしょうか?

まずウィキペディアで「異文化コミュニケーション」を調べると以下のような解説が出てきます。

「文化的背景を異にする存在同士のコミュニケーションのことである。…(中略) 文化の違いはあらゆるところで見られる。同じ日本人同士であっても、性別、年齢、職業、社会的立場、出身地の違い、など数多くの異文化が存在し、それぞれの違いを乗り越えてコミュニケーションすることすべてが異文化コミュニケーションである」

本稿でいうところの「異文化コミュニケ―ション」とは、国籍や性別などに関わらず、とにかく自分自身とは違った考え方や価値観や歴史を持っている状態の人同士が、言語でのやり取りだけでなく、ボデイーランゲージや顔の表情・身体全体から湧き出るその人の、ある種「オーラ」のようなものを含めた「相手とのやり取り」全般を指します。

よって、異文化コミュニケーションとは、同じ言語を持った日本人同士にでも微かなレベルとはいえ存在しているものであり、その幅と深さ、或いは角度が広がったものが外国の人たちとの間で交わされると「異文化コミュニケーション」になるということを最初に定義しておきたいと思います。

幅と深さ、或いは角度が広がったものとは、例えばこんなことです。

日本にいれば、どの都道府県のどんな小さなレストランに入っても必ずまず笑顔の定員さんが「いらしゃいませ」と元気に声をかけてくれて、お冷(或いはお茶)とおしぼりを持って注文を聞きに来てくれます。暑い夏、寒い冬、外で頑張って営業をしてほっと一息つきたい時にこの対応は嬉しいものです。一方で、シンガポールにある多くのレストランでは、通常「いらっしゃいませ」はありません。お冷もおしぼりも出てきません。定員さんも「メニューはこれですから、自分で選んでください」と言ってタブレットを持ってきてくれ、さっさと席を離れていきます。何とも寂しいものです。人によって好みはあるでしょうが、どちらが良い・悪いと一般化して言っているのではありません。これこそが異文化コミュニケーションです。単に「コミュニケーションの取り方が違う」のです。

では、何が異なることで、こういう違う対応になるのでしょうか?

それは、まさにおもてなしを重視し、お客様に焦点を合わせようとする日本の仕組みと、間違いのない注文を効率よく効果的に回し、回転率を高めることを重視するシンガポールの仕組みの違い、といえます。どっちが良い・悪いと言えますか?どの観点からその判断をしていますか?

どこに重点を置くか、何を達成したいかの「違い」でしかないのだと言えることに気付きますね。

そして、「異文化コミュニケーション」の力を上手に活用することで企業としての収益を十分に出している会社もあれば、この力を活用しきれず、収益を出し切れていない会社もあります。「異文化コミュニケーション」はグローバル化されたビジネスにおける武器の一つとさえいえるのです。

ここで注意したいのは、

  • 「日本人同士=必ず分かり合える」
  • 「外国人=日本人と全く違う」

という極端な公式に走らないでいただきたいという点です。日本人同士でもなかなか分かり合えない人も中にはいるかもしれませんし、外国人同士なのになぜかお互いにとても分かり合えるというご経験のある方もいらっしゃることでしょう。

1.日本国内であっても、自分の周りに存在している「異文化」

同じ年代の人たちが集まる「〇〇会」とか「〇〇学校同窓会」等に行くと、何だかとても話の通りが良くていつもより楽しく感じたり、親密感をもったりする経験を多くの方がします。

自分と同じ(当時の)テレビ番組を知っていたり、(当時の)歌手やバンド、そして彼らのヒットソング等を知っていたりすると、もうカラオケでは盛り上がって楽しいコミュニケーションがあちらこちらで展開されて帰宅する時間をすっかり忘れたりすることは誰にでもある経験です。

ところが、これが自分とずいぶん年齢の離れた上司だったり、或いは今年大学を卒業しました、という若い部下だったり、ましてや外国人だったりしたとたんにその空気が変わる経験をされる方も多いと思います。特に日本国内でも最近では、仕事上での外国人との接点が増えている方も多いと思いますので異文化コミュニケーションのコツを知らないと、ストレスに感じ出来ることも出来なくなったり、効率が落ちるなども十分にありえます。

そして、ひいては、部門レベル~企業全体のパフォーマンスに響いてきて、大なり小なり「企業収益」に影響を与える可能性すらあるのです。

ある大手企業で起こった事例です。

この日本人駐在員は送り元の日本本社から、特に事前に「異文化に関する駐在前研修」を受けることなくマレーシア赴任になりました。英語に問題のなかった彼は「マレーシアに赴任したらあんなこともしてみたい、こんなことにもチャレンジしよう」と高い意識をもって駐在されてきました。ところが、彼はマレーシアでの仕事は「言葉が違うだけで同じ経理仕事である」という考え違いをしていました。駐在から数か月が過ぎた頃から彼の言動がおかしくなっていき、それは傍目にも明らかな変化でした。話を聞くと「朝、家を出ようとするとパニック状態に陥り、どこをどう歩いて会社に来たのか分からない日がある」とのことです。

なぜ日本ではあれほど優秀な経理担当者が突然こんなことになってしまったのか、と彼の上司も人事部も心配しました。面談を何度もしていくうちにわかったのが「彼の非常に几帳面な仕事のやり方が現地マレーシア人部下たちの【締切日までに間に合わせられればそれでいい】という考え方と日々クラッシュしている」ことがわかりました。英語もかなりできる彼でしたが「なぜ前もってきちきちと仕事を進めるか」の説明をしないままに「どうして早めにきっちりと仕事を進めない?」と詰問し続けた結果、マレーシア人部下達から総スカンを食らい、仕事がやりづらい環境になってしまっていたこともわかりました。こうなると、当然現地社員はこの日本人に対して若干距離を取ろうとします。

そして駐在員自体は誰にも相談できず一人で悩み続け、提出すべき書類にも間違いや判断ミスが出て、締切日にも間に合わなくなる、という負のサイクルに入っていきました。挙句の果てには、この部門の生産性が落ち、退職者まで出始め、社長の介入までをも巻き込む事態にまでなってしまいました。「異文化コミュニケーション」がうまく成り立たなかったために起こった悲劇と言えます。

経営という観点から考えてください。どれだけの影響を出しているかを。

  • 日本では優秀であった経理部員がメンタルでダウンしてしまった
  • 長期勤務の現地スタッフのやる気が落ちた
  • そのうちの数名が退職届を出す、或いは退職を考え始めてしまった
  • 仕事上のミスで経理処理の遅延が認められた
  • 現地の銀行担当者との関係性が若干揺らいだ
  • 他部門にもこの状況は知れ渡っており、会社全体としての士気に若干なりとも影響があった
  • 心ないスタッフは「だから日本人は…」という口調で話をし、日本人と非日本人の間の溝を可視化してしまう事態となった   など…

現時点ではまだはっきりと金額で表示されるものではないのかもしれません。しかし、こういう社内の雰囲気・空気はいずれ金銭的な経営部分にも大なり小なりの打撃を与えるのが世の常です。

世界の「グローバル化」が言われ始め、「異文化コミュニケーション」という言葉が当たり前に使われ始めて久しいわけですが、異文化コミュニケーションも多分に先の例の様にこの「グローバル化」の一翼を担っていると言えます。日系企業がどんどんと海外に進出をし、また優秀な外国人社員が日本本社に入社をしてくる、という動きが加速化し、今後も「異文化コミュニケーション」の重要性はますます増してくるわけです。

翻って見てください。この頃実感としてとみに「自分の職場や取引先にも外国人が増えた」「観光地に行くとほとんどが外国から来ている観光客だ」等と感じることが増えていませんか。世界経済を以前にもまして本格的に考えなくてはいけなくなったこの20年程で、世界の人々がお互いの国を行き来し、勉強したり仕事をするその中で、自然発生的に必要となってきたスキル概念がこの「異文化コミュニケーション」なのです。そしてこの「世界の人々の流動性」を止めることはかなり難しいと言えます。

そんな中で今、日本在住であれ海外在住であれ、ビジネスパーソンであるあなたは、顔色・言葉・文化・価値観が違う、つまり生粋の日本人である自分とは何かが違うということで少し戸惑ったり、どう接すれば相手に迷惑や失礼にならないかと、特にビジネスシーンで迷われていませんか。或いは、ご自身の新任の部下がこの点において困っていて、生産性が落ちていたり、やる気を無くしていたりしませんか?

時間に追われる毎日の中で、少し速度を緩め、じっくり自分と相手を観察することでストレスレベルを下げ「収益を上げる」方法がありますので、それを以下から説明したいと思います。

2.異文化コミュケーションの土台

異文化コミュニケーションを理解するうえでまず一番肝になるのは「違う」ことを正面から受け入れて、そこに拒否反応を示さない心構えを「敢えて」作ることです。

「敢えて」についてもう少し説明します。

先のマレーシアに赴任した駐在員の例でいえば、彼は「違いを力に変えきれなかった」例だと言えます。よく考えてみれば、彼の仕事の進め方も、マレーシア人部下達の仕事の進め方も、どちらにも非はありません。ただ日本人からすれば、「締切日に間に合えばそれでよい」と考えてしまうと、万が一途中でトラブルが起こった時に時間が不足してしまう可能性があるので、できるだけ早くきちきちと仕事を進めておきたいのです。

一方で、同じ経理仕事をウン十年してきているマレーシアスタッフからすれば「今までこのやり方で特に問題になったことがなかった」という経験則の元、こういう仕事の進め方をしていると推測されます。「違うな」と理解した時に、「敢えて」自身のやり方、或いは「日本本社のやり方」をやみくもに押し付けるだけではなく、一旦冷静に善悪の判断を瞬間的に引き延ばし考える必要があるわけです。

つまり、思考としては大まかには以下のようになります。

  • 「この点は大切な場面だが、どうも現地社員と感覚が違うな」→「しかし、この違いはそのまま違いとして放っておいてもこの国の仕事文化的には構わなさそうだ」
  • 「この点は大切な場面だが、どうも現地社員と感覚が違うな」→「いやいや、これは、お互いに想いを伝えあって『違い』を共有し、こちらの考えもわかってもらったうえで、更によい方法を共に考え出すべきだな」

どちらで考えるかは、案件ごとに、また主導権を握っている人によると言えます。こういう思考回路の経験を何度も積んでいくことで「敢えて」瞬間的な拒否反応を示さない、まずは一旦引き取って考えるという心構え・スタンスを習慣づけていくわけです。異文化コミュニケーションの土台は「違うところから始まる」を心の底からまずは受け入れることはことのほか重要です。

では「違い」について更に見ていきましょう。

  • 「違い」国内の例(北海道と大阪)

日本人同士でも、北海道ご出身の方が大阪に転勤になった際「転勤した当初、大阪の人と話をするときには、笑いを取らないといけないと思い込んでいましたが、そんなことは自分にはできないと思いどうすればいいのかいいのか悩んでいましたが、実際に住んで仕事を1か月もしてみると、それはよくある勘違い、だということがわかりました」という話を聞いたことがあります。これが北海道と沖縄では、まったく別次元の話になってしまうかもしれませんね。つまり、同じ日本人同士とはいえ確実に「違い」は存在するのです。ただ、日本人同士の場合それぞれが持っている「背景」やお互いを理解するための「ツール」(言語)が比較的似たものであることから日本人全体としては「分かり合えている」気持ちになるまでの時間が早い、というだけのことです。

しかし、これが日本と海外の「違い」ならば、また状況は変わります。

  • 「違い」海外の例(インド)

顔色の白い、或いは黒い、そして全く違う言語、髪型、身なり、態度を持った外国人とビジネスをしなくてはならないという場面に遭遇すると誰だって最初は戸惑いますし、どこに自分と相手との境界線を持つべきなのか迷うことになります。

例えば、身近な例でいけば、「インド人のお客様の夕食接待をしなくてはいけない」となった時に一番に考えなくてはいけないことは「食事の内容」です。勿論全員ではありませんが、インド人はベジタリアン(彼らのいうベジタリアンと日本の例えば禅寺で出てくる素食・精進料理とはまた「違い」ます)の方も多く、更に牛肉を食べない方も多いことを知っておくことはシンプルな情報ではありますが、異文化コミュニケーションの第一歩です。

これは一体何を意味するのかと言えば「自分自身の理解(自分は宗教上の制限による禁食メニューはなく(或いは特別に宗教を信仰しておらず)、またベジタリアンでもないのでどんな肉も食べられる)、一方で「相手の背景(恐らくヒンズー教徒・シーク教徒やジャイナ教徒の場合の食事制限とその背景)を知る」更になぜそれら食事に制限があるのかという宗教観、生き方、仕事に対する価値観などを知る第一歩に他なりません。

先日もある企業のインド人マネージャが「日本に出張するのはとてもつらい。毎日豆腐しか食べるものがなく、日本人の同僚も『豆腐専門店』にしか連れて行ってくれないんだ」と苦笑していました。

  • 「違い」海外の例(シンガポールのある日系ITベンチャー企業)

「ITベンチャーだから、中国本土の中国人、インドからのインド人、ユダヤ人、アメリカ人など優秀なエンジニアをたくさん雇った。けれども、彼らを一緒にチームで働かせようとするとなかなかうまくいかない。そこでランチをみんなで一緒にわいわいがやがやしながらやってみよう、ということになり、総務の日本人女性がピザをアレンジすることとなった。彼女は日本から来たばかりで異文化理解がまださほど進んでいなかったので自然に『牛肉の乗ったピザ』『ハワイアンビザ』『チキンソーセージピザ』など7-8枚ほどをオーダーした。

ランチ時間になってエンジニアたちスタッフがぞろぞろと会議室に集まってきた。途端に『僕は牛肉は食べられない』『このピザはハラル(イスラム法上で食べることが許されている食材や手法に則った料理)か?』という会話が聞こえ始め、最終的に、注文したビザを問題なく食べられたのは、フランス人、アメリカ人、日本人と中華系スタッフのみとなってしまった。異文化の「イロハ」を理解していない状態での典型的な失敗例となってしまった」

この会社の場合、社長が多文化の中で勉強し社会人となり、世界各地で仕事をしてきた方であったこともあり、その場は彼のウイットで乗り切ったという後日談もあります。

このようなことは海外では日常茶飯事に起こっており、日本人にとっては「たかが食事ではないか」と思われることが、生き方・信条の問題として捉えている人々にとっては、最悪の場合「自分たちは会社から大事に思われてないのではないか?」という不信感まで引き起こす事態になり、引いては優秀なスタッフが「退職」などということになっていくことすらもあるのです。

こんなことにならないためにも、次のセクションから更に議論を深め、企業収益を守る・収益向上をはかるための3つの成功のコツをご紹介します。

  • 異文化を理解するための自己認識を深める
  • 異文化を理解するための他者認識を高める
  • 異文化において自分と相手をつなぎ合わせるコミュニケーションをどうとるか

3.異文化コミュニケーションを上手に使い企業収益をアップさせる成功のコツ

3-1. 異文化を理解するための自己認識を深める

異文化コミュニケーション成功のためには、先ほどもご紹介した通り「違う」ことを真正面から受け入れる心構えが必要です。そのためには「違う?そんなの当たり前だ」とさらっと流さずに「『違い』って何だろう?何を以って『違う』と自分は感じているのか?」をぐっと深く把握することが重要です。

そして、そこに行くつくためには、まず「自分の考え方や気持ちを言葉にできるくらいしっかりと理解して認識しておく」ことが最初のステップです。

例えば、こんな時あなたはこの状況をどう理解してどう認識しますか?

 昨夜から頭痛だけれど、今朝は出張日で朝から頭痛薬を飲んで今飛行場への向かう電車に乗っている。国内出張なので荷物もそんなに多くはないが、たまたま空いていた席を見つけたので頭痛も良くならないし座った。10分ほどして初老のおじいさんが電車に乗ってきた。特に席を探している様子でもなく、自分の座っている席の近くのポールにつかまって立っている。すると、自分の隣に座っていたおばさんが「あなた、若いんだから席をあのお年寄りに譲ってあげなさいよ」と言ってきた。

複雑な気持ちになると思います。乗り換え案内サービス「駅すぱあと」を提供する株式会社ヴァル研究所(本社:東京都杉並区、代表取締役:太田 信夫)の「公共交通機関を利用するときの意識調査」の1つ「ゆずりあい精神の意識調査」の結果(2016年9月調べ、10代〜70代の男女3,413人対象)によると、全体の75.9%の人たちが「譲るべき」と答えたそうですが、その割合は2013年実施の結果と比べ17.1%減少しているとのことです。(https://www.atpress.ne.jp/news/117235

数年前に比べ「譲り合いの精神」が若干低くなってきている結果が出ているとは言え、道徳的に考えると、ここは当然席を譲ってあげたい。しかし自分は昨夜から頭痛で苦しんでおり、また出張先についてからのパンパンのスケジュールを考えると今はちょっと座って休んでいたい、という気持ちもあるでしょう。見知らぬおばさんから指摘された恥ずかしさがあったり、同時に「なぜ見知らぬ隣のおばさんから指示されないといけないんだ!」という怒りの気持ちも起こるかもしれません。

ポイントは、こんな様々な気持ちが交錯する自分の心の中を相手の理解が得られる言葉で表現できるかどうかです。もちろん、これはよくある日常の一つのシナリオでしかないですが、仕事場でも「どちらが絶対的に正しいとも言い難く、どちらの言い分もわかる」状況は日常的に起こります。「状況は交錯しているが、それでも自分はこう考える」とそもそもの考え方が異なる可能性の高い外国人相手にきちんと表現できるかということです。

例えば、こんなシナリオは如何でしょうか?

あなたは今、間に挟まって苦しんでいます。というのも、ある日本人のお客様から「御社のシステム導入に関する提案書がとてもいいので、お宅と契約締結します」と言っていただけました。あなたの同僚の外国人エンジニア(日本語が分からないシンガポール人)は自身が書いたその提案書に沿って仕事を進めようとしています。一方で、この日本人のお客様から「私たちにはちょっと気が付かないような、でもアッと思わせてくれるようなマニュアルも併せて作ってくださるとありがたい」と言われました。あなたはこの道の専門家なので、日本人のお客様の含みを持たせた言い方に何となく理解はできるものの万が一を考え、敢えて「それはどういうものを期待されていますか?」と聞いてみると「私たちが気が付いてないアッというような、と言ったでしょう?私たちだってあなたのエンジニアがどういうものをマニュアルとして出してくれるのかはわかりませんよ。内部で良く話し合ってください。」と言われました。シンガポール人同僚に「どう思うか?」と聞いてみると、案の定同僚は「明確に何が欲しいのか言ってもらえないとマニュアルはかけない」と返答してきました。        

自分の考えや沸き起こる気持ちをすべて相手に伝えることが正しいとは言いませんが、一方で「本当に自分が感じている気持ち」また「なぜそう考え感じるのか」を自分の中で把握することは、先の例でも指摘したように重要な一つ目のチェックポイントです。

もしかしたら、この考え方や感じ方自体が日本独特な仕事のやり方から来るものなのかもしれませんし、企業文化或いはそもそも日本という長い歴史を持つ国の価値観や文化のどこかに紐づいているものなのかもしれません。よって場面場面によって現れてくる自分の考え・感じをしっかりと認識すること、これは異文化コミュニケーションにおいては次の段階に進む前に必ず押さえておきたいポイントです。

3-2. 異文化を理解するための他者認識を高める

そして2つ目が他者認識です。

こういう場面において、自分は根底にある〇〇という価値観のもとに、こういうことを考えたり、感じたりする傾向があるとだんだんと把握できてくれば、他者認識も少しずつ理解ができ始めます。ある場面にぶつかった時に、「自分は〇〇という文化背景や教育・歴史背景をもって、こう考える、こう感じる、そしてこんな風にも考えるし、こんな風にも感じる」を自然に把握し、感情が沸き上がった時にそれを「自己認識」する回路が頭の中にできてくると、相手が取る言動を見た時に少しずつ「相手のその言動の裏にある背景」に想いを巡らせる余裕が生まれてきて(時間がかかるかもしれませんが)受け入れる幅が自身の中にできてくるわけです。

もし、自分の傾向を把握し切れてないままに、例えばある言葉を相手に発し、それに対して相手が予期しないことや驚くような言動を取った時に自分の理解や経験の範囲を超えてしまうために受け止められずに「拒否」や「嫌悪感」に陥ってしまうことがあるのは、こういうことがそれぞれの心の中の動きとして起こっていると言えます。そして「だから〇〇人は、難しい」とか「だから〇〇人は、深く考えられない」などという言葉になって現れてくる場合があるのです。逆に言えば、外国人側からも日本人がそう見えている可能性は大いにあります。

果たしてそれはお互いに正しい見立てなのでしょうか?

先ほどのシンガポール人同僚とのやり取りの例に戻れば、あなたがお客様のぼんやりした、でもあなたとしては分からないではない依頼に対して「どう思う?」とシンガポール人同僚に聞くと、同僚はなぜ「明確に何が欲しいのか言ってもらえないとマニュアルはかけない」と返して来たのかが論点です。ここをさっと通り過ぎてしまって、単に「シンガポール人は面倒くさい」とか「シンガポール人は深く考えられない」「サービス精神がない!」と短絡的な結論を自分の中で導き、挙句の果てにはこの頃流行っている「使えないスタッフ」などという失礼極まりないコメントを発してしまうこともあるわけです。

この例のシンガポール人について言えば、例えばシンガポールという国家全体がどんな成り立ちでどんなふうに国家建設と運営をしてきたのかを少しでも知っていればヒントになります。

例えば、こんなことを知っているかどうかです。

シンガポールとは、多様化された人口構成の中、共通語を敢えてそれぞれの母国語に頼らず「英語」を第一言語として育ちお互いに分からないことをきちんと明確に言葉にして分かり合いつつ、違う文化や国民性を持った人たちが同じ土俵で戦える環境を整備している成果主義の国である

そういう多民族多文化が当たり前の環境で育ち、教育を受け、勝ち残ってきている人たちであることを知っていれば、なんとなくなぜ自分の同僚のこのシンガポール人がそういう言動をするのか想像がつきます。ですから、このシナリオの場合シンガポール人は「お客様は自分に何を求めていて、自分はそれに対して何をすべきか」を当然のように知りたがります。

それに合致しないことはWaste of time」(時間の無駄)という捉え方を幼い頃から叩き込まれているのです。明確な目標・ゴールがない中で走った後、どういう評価がされるのかがはっきりせず、きちんと評価してもらえない可能性があることをし続けるのは、Waste of my time(時間の無駄)なのです。

そういう人たちに対して明確には言い表されていない相手の考え・気持ちや「行間を読む」行為を期待するのは賢明ではありません。それは彼らが「使えない」スタッフなのではなく、全く違うダイメンションで物事を捉え、考え、感じ、生きているスタッフであるからです。つまり、「違い」なのです。

もちろん、全世界の人たちの背景を知るべきだ、と言っているわけではありません。少なくとも自分が関わる会社内での人間関係、お取引先、お客様などに外国人がいることが判明したら、できるだけその国やそこに住む人たちの情報を多く集め、ステレオタイプかもしれませんが、まず大まかにその国の人たちが根底に信じていること、ものの考え方、育ってきている環境や教育システムなどを知って付き合いをしていくのと、この辺を全く知らずに出たとこ勝負で付き合っていくのとでは異なる結果になることを申し上げたいのです。このあたりの予習を面倒くさがることなく準備して、大まかなステレオタイプをつかんでから、個々の特性を見、そこから更に関係性を深めていくことをお勧めします。

3-3. 自分と相手をつなぎ合わせるコミュニケーション

そして最後が3つ目の「自分と相手をつなぎ合わせるコミュニケーション」です。このコミュニケーションが当たり前のように社内全体でできるようになってくると「企業収益保持」「企業収益アップ」にかなり近づきます。

自分の立ち位置とものの考え方の組み立てに関する背景が把握でき、相手の立ち位置と背景がだんだんとわかってきたところで、仕事の場合は同じゴールに向かって進まないといけないわけですから、どこかで折り合って進む必要があるわけです。ですから、その「折り合い点」がどこなのかを見つけるコミュニケーションが必要になってきます。

ここで、あなたがされている外国人とのコミュニケーションが、つなぎ合わせる効果的なものになっているのか簡単な診断をしてみましょう。以下の8項目のうちいくつの項目に☑を付けられますか?

自身は帰国子女なので外国人とのコミュニケーションには問題がない
英語は苦手で外国人スタッフにすべてが伝えられないので必要最低限のことだけ話す
英語を話すのはストレスなので英語が流暢なスタッフを通じて伝える努力をしている
日本(日本企業)で仕事するなら外国人も日本語が喋れるべきだと思っている
日本文化をランチ時間などに話すが外国人側からの共有はほとんどない
ブロークン英語を喋るくらいなら話さないほうがましだ
TOEIC900点なので外国人とのコミュニケーションには問題はないはずだ
ランチの時くらいはリラックスしたいので外国人スタッフとは敢えて出かけない

 

さて、結果は如何ですか?

もし、3つ以上☑が付いた方がいらっしゃれば、実はかなり危険です。もしかしたら、あなたの周りの外国人スタッフはあなたと質の高いコミュニケーションをし分かり合って仕事に邁進出来ていると感じていない可能性があります。

自分と相手をつなぎ合わせるコミュニケーションには、まず「相互理解」が必須です。それを外して相手とつなぎあう会話や関係性は望めません。そして「相互理解」のためには、「相互興味」があることが根底条件です。お互いに「この人は一体何を考えているのだろう?」「なぜそう考えるのだろう?」という意識がないと、結局目に見えている表層的な言動のみで判断せざるを得なくなり、且つ、その判断基準は相手の背景を考慮したものではなく、あくまでも自分の価値観、経験などに基づく判断基準となります。ここに一般的に言うところの「異文化問題」が出てくるわけです。

フィリピン人からお聞きしたことがあります。

「今回アメリカ駐在を終えてフィリピンに来た日本人駐在員は英語は全く問題ないし、きちんと情報開示もしてくれるし、会話という点に絞って言えば何の問題もない。しかし、我々は彼を『人』としてあまり尊敬していない。一方で前任の日本人は、英語がうまくできなかったけれど、一生懸命フィリピン人を理解しようとし、なぜフィリピン人がそういう言動をするのかに興味を持ち、日本人はこう考える、ということを片言の英語でランチ時間や週末のバーベキュー大会で話をしてくれました。我々は、あの駐在員を『人』として尊敬していました。彼がいなくなって多くのフィリピン人スタッフは恋しく思っています。」 

言葉ができることは重要です、これは間違いありません。

しかしながら、我々はみんな血の通った「人間」で、特にアジアの場合はこういう少し距離の近い繋がり方を期待している人々が多い(もちろん全員ではありません)ことは特筆すべきだと思います。自分の上司或いは同僚で価値感や考え方は違うけれど日本人と「つながっている」という感覚、これを相手に持ってもらうための「つなぎ合わせるコミュニケーション(近い距離づくり)」は時には流暢な言葉以上に大切かもしれません。

異文化コミュニケーションを大々的に取り入れるメリット、ひいては「事業拡大」「収益アップ」を念頭にこういう試みをされている在シンガポール日系企業があります。只今進行中の取り組みです。

まさに海外での長期戦を考えた時「ローカル化」の重要性を日本本社もそして現地駐在員たちもひしひしと感じ試験的に日本人駐在員をごくごく僅少におさめ、100人を超えるスタッフをさまざまな国籍のスタッフで賄っているプロジェクトを動かしている企業があります。

シンガポール人を筆頭に、マレーシア人、タイ人、ベトナム人、フィリピン人、ミャンマー人、インド人、バングラデシュ人、インドネシア人、スリランカ人、中国人そして数名のヨーロッパ人と多種多様の組織です。プロジェクト開始直後の最初の半年、全員がどういう距離感でお互いに付き合えばいいのか相当戸惑っていた印象がありました。

しかし、1年半の月日を経て途中ランチ会、バーベキュー大会、プロジェクトのフェーズ終了ごとの打ち上げ、週末の近場の島への旅行など色々な機会を作ってお互いが自身の背景を語り、「自分はこういう人間だ」ということを示すことのできる時間を作り出し、多文化スタッフの間で議論が沸騰してきた時には、そもそもなぜこういう試みをしているのかという「会社のゴール」を日本人トップが熱心に語り、皆をまとめる、という並々ならぬ努力をされていくうちに、今では大きな家族のような関係が出来上がってきています。

お付き合いをされているお客さまや取引先によっては日本人が出かけて交渉するよりも、ミャンマー人やベトナム人が出かけて話をしてきた方がうまくまとまる、というようなこともあり、異文化・多文化を縦横無尽に使いこなせる連携が社内でも当たり前に繰り広げられるようになってきています。

それによって、今まで「人間関係」を理由に退職をしていた外国人スタッフも散見されたこの企業で、ここ半年ほどほとんど誰も退職せず、また利益率も当初の見込みを大きく上回っているとお聞きしており、次の大きなプロジェクトに備えて現在準備を進めています。

これこそが、言語を超えたところで繋がるコミュニケーションに時間をかけ、時には若干の費用もかけて、じっくりと土壌づくりをして来て、今1.5年の経過を経て、経営的にも財務観点から実を結び始めた結果だと言えます。

次に、逆の例で異文化コミュニケーションを促進しているつもりで実は全く功を奏しなかったという企業の話をします。

この例は、在マレーシア日系企業の工場で、社長と日本人駐在員数名を含む全200名程度の所帯の製造販売会社です。社長と副社長は「いかにしてマレーシア人に日本人と同じ心持でものづくりをしていただくか」を心を込めて流暢な英語で常に説明をしています。マレーシア人が製造過程で失敗した時には、日本で学んだようにその彼(女)を全社員の前で叱り、なぜその失敗が起こったのかを説明してもらい、今後同じミスが起こらないようにという親心でスタッフに接していらっしゃいます。

ところが、社内では「日本人のやり方は一方的だ」という意見が多く飛び交っており、その理由は明らかでした。「我々の意見を全く聞いてくれず、口を開けば『日本では、日本では』と言う」「この会社は日本の会社かもしれないが、ここはマレーシア。マレーシアのお客さまやベンダーにはマレーシア式のやり方で接した方がうまくいくことが沢山ある」というものでした。挙句の果てには「我々は日本人ではない!れっきとしたマレーシア人だ。我々は日系企業で働いてはいるが、魂まで日本の会社に売るつもりはない!」というかなり激しい言葉も聞かれました。

この例は、先に示している3-1の自己認識のないまま日本人側が「日本の常識」にどっぷりと浸かってしまい、なぜ自分たちがそう考えるのか、なぜそれが常識だと言えるのか、をきちんと把握できてない上に、3-2の他者認識が全くできていない例です。よって、自己認識も他者認識もできてないので、コミュニケーションはおのずと「一方的なもの」になり、この社内問題が噴出している状況に陥っていると説明できます。

4.外国人相手のビジネスにおける異文化コミュニケーションを身に着けて一気に売上アップ

では、具体的に外国人相手のビジネスにおける異文化コミュニケーション、どうすればいいのか、例を見ていきましょう。

<「クオリティ」をなかなかわかってくれない外国人の例>

「製品・サービスのクオリティの重要性をどうすればわかってもらえるのだろうか?」

日本で外国人と共にビジネスをされていたり、或いは外国でものづくりをされているあなた方々からこの質問をよくお聞きします。

4-1. 第1段階:日本人はなぜ「クオリティ」を重視するか理解する

前述の3-1,2,3のそれぞれの公式に従って、まず日本人側にも「自己理解」この場合「日本企業理解」が必要です。なぜ我々はそこまでクオリティにこだわるのかをきちんと形にして説明できるようになることが求められます。「大事だから大事なんだ!」では外国人には伝わりません。一般に発展途上の国々では「クオリティよりも使えればそれでいい」の方が重要である場合があり、その場合は「クオリティよりも廉価で多くの人が入手しやすいものを作った方が効率的なのに…」と外国人側が思っている場合も少なくありません。よって、日本人がなぜそこまで一生懸命にクオリティを追及するのか自分たちがまず明確にわかっている必要があります。

そもそもクオリティ(品質)とはどういう意味でしょうか?

ISO9000では「本来備わっている特性の集まりが要求事項を満たす程度」と表現されています。

理解を深めるために、例えば身近なところで「食事のクオリティ」と一言で言った時に同じ日本人同士が同じ理解をするかを考えてみます。クオリティという言葉には「クオリティが高い・低い」という言い方ができると思いますが、何を以って「高い」「低い」と言っているかを考えると多岐にわたることが実感できます。

人によっては、「材料・素材」を指しているかもしれませんし、「味付け」を言っているかもしれません。またある人にとっては「食事自体の栄養価」を表現しているのかもしれませんし、もっと言えば「その食事をとった場所、レストランや自宅や友人宅などの雰囲気」を指しているかもしれません。そもそもクオリティという言葉自体、もしかしたら自身の定義と他人のそれは異なっているかもしれないのです。

製造にかかわる現場では特に「クオリティ」は非常に重視されますが、定義を含めてなぜそんなに大切なのかを伝える必要があります。

在タイの日系部品メーカーの社長が以前アメリカで駐在されていた時の思い出を共有してくれました。

「取引先から何度かクレームがきており、社長の自分としては一体何が起こっているのか確認したくて現場に向かったという時の話です。アメリカで部品製造している弊社工場現場に行って驚きました。大きな体型のアメリカ人がくちゃくちゃとガムを噛みながら、小さな小さな部品を製造し、作られたねじをその部品に組み込む作業をしていました。

どうみても部品側にそのねじは大きすぎて入らないと傍で見ていたところ、なんと驚いたことにそのアメリカ人は、力でネジを部品の穴に押し込んでしまいました。当然部品の穴はつぶれてしまいましたが、形としては弊社の部品の体となりました。恐らく過去にもそうやって出荷していたのでしょう。」

このアメリカ人も彼なりに考えて、与えられた仕事を与えられた時間内でこなすための方法としてこういうことをしてきていたのかもしれません。そして誰もこの彼に「クオリティ」の意味合いや、会社の信じていることを共有したことがなかったのかもしれません。

クオリティが高くないと命の危険性がある場合も考えられることや、人を傷つけてしまう可能性もあること、またクオリティが高いから耐久性もあり使い勝手が良く、長くお客様に喜んで使っていただけること、そうすることで社会へ貢献しているということ、その好循環がまわりまわって自社の売り上げが上がり、市場占有率が上がり、そしてスタッフとして仕事をしているあなた達も自社で仕事をすることによって心身ともに満たされていくのだ、こういう一連の流れを日本人・日本の企業は信じているということをまず、自身がきちんと理解し言葉にできることが重要なのです。

概念を概念として説明したのでは、「他人事」です。

その概念が「自分にはどういう影響をもたらすのか」、英語でよく問われる「What’s in it for me?」に的確にこたえられるようでなければ、相手の心に響き、しっかりと腹落ちし、同意を勝ち取った上で、言動を改善してもらえるきっかけにはならないのです。これは、表面上だけ言ったことをやってくれているスタッフとは全く違うレベルでの関係性構築の一歩です。

4-2. 第2段階:相手の話を聞き、合わせて相手に日本の考え方・背景を説明する

それを整理整頓出来たら、外国人側の意見にも耳を傾けてみてください。結構(良い意味で)驚くような彼らの想いや考えが出てくることがあったりします。

例えば、「うちの会社がクオリティにこだわっている間に中国の競合に似たような製品をどんどんと市場で売られ、わが社の市場占有率が低くなってきている、これはわが社にとって危機である」なんていう会社へ対する真摯な想いを語ってくれることは多々あります。彼らは彼らの視点で世界経済を見ているのです。

先ほどのアメリカ人工場ワーカーの場合は、この社長が推測した通り「自分には厳しい数値目標が与えられていて、その数字を毎日こなしていかないと上長から目をつけられ、下手をしたら月給が減らされてしまうかもしれない」という答えが返ってきたそうです。更に質問していくと「自分にはまだ学校を終えていない子供もいるし、家のローンもある。妻は専業主婦なので、一家の働き手は自分だけ。絶対にこの仕事をクビになるわけにはいかない」という逼迫したこの人なりの背景がわかってきた、ということもありました。

「状況は理解できるが、しかし今のこの彼の問題解決方法は自社のポリシーに反するし、お客様に迷惑をかけている」と考えたこの社長は、すぐに自社の考えやポリシーについてこのアメリカ人に説明をしたそうです。

社長  「君のいうことは分かった。給料が必要なんだな。まずは本音を語ってくれてありがとう」

ワーカー「はい、ですから何が何でも与えられた目標をこなす必要があるのです」

社長  「しかし、問題は目標をこなしていればそれでいいのか、ということなんだ。実はお客様からクレイムが来ている。君の担当している部品についてがほとんどだ。わが社のポリシーや哲学を君は知っているか?」

ワーカー「いいえ、知りません。ここに入社してからずっとこの工場にいて毎日この仕事をしているだけなので、特に誰かからこの会社のポリシーなどを聞いたことがありません」

社長  「では、話をしよう。うちの会社は、『クオリティ』の高い部品を製造販売することで地道に顧客ベースを大きくしてきた。なぜクオリティにこだわるかわかるかい?」

ワーカー「クオリティが高いほうがいいのは誰しも同じですよね」

社長  「そうだ、我々の作っている部品というのは、時には自動車の一部にも使われ、また工場の組み立て機械の一部にも使われていることは知っているかい?」

ワーカー「いえ、そこまで知りませんでした」

社長  「そうか。実は、そうなんだ。つまり、もし我々の部品のクオリティが低く、万が一車のある部分が走行中に外れたり、或いは組み立て工場の機械が途中で止まったりしたらどうなるか君にもわかるだろう?」

ワーカー「大変ですね。車の場合は命に係わることもありますよね?工場の場合は、生産ラインが止まってしまい、生産ができなくなる…」

社長  「そういうことだ。つまり我々のクオリティによって大げさに言えば人の命に係わることがありうるし、生産が止まるということはその会社の売上に関わるということなんだ」

ワーカー「Oh I see….」

この例では、社長がこのように説明をしていく中で「自分の給料を稼ぐ」という部分しか見えていなかった自社スタッフが少しずつ「会社としての責任」「その責任の一端に自分が関わっていること」にまで理解を深めたことが見て取れます。

つまり、何かがうまく回ってない時に、日本人側がどう説明するかが肝です。上から目線で「なぜできないんだ!」「もっと考えろ!」ではなく、相手の意見をまずは聞いてみて、考えの共有してくれたことに謝意を述べ、そして順序立てて話をしてみてください。外国人も同じ人間です。自分がかわいいし、家族がかわいいのです。

相手を十分に尊重し、こちらの想いを是々非々で語り、一つずつ確認を取りながら、話をすればすぐには分かってくれなくとも、その一貫した考え・物言いの中から、少しずつこちらの想いを理解してくれるはずです。それでも反発してくるという人は恐らくかなり珍しい部類のスタッフと言えるでしょう。

4-3. 第3段階:今後の動き方を決めて、同意してもらう

第2段階の部分で相手がこちらの想いや考えを理解してくれたら、今後お互いにどう動いていくべきかをきちんと握って同意していただくことも必要です。特に発展途上国から来ている外国人社員達は「日本の技術やサービスを学びたい、そしていずれ自国に持って帰りたい」と願って仕事に邁進している人も多いので、きちんとこちらの背景や考え方を説明すれば時間はかかるとしても受け入れてくださる人もいるはずです。

ここでは、先ほどのアメリカ人の例に戻ります。その後社長は会話を次のように進めました。

社長  「クオリテイについては分かってもらえただろうか?うちの会社はそういう社会的責任を背負いつつこういう部品を一つずつ製造している。そして、それに君も関わっている」

ワーカー「はい、そういうことですね。しかし、社長、今のこのネジはこの部品にはほんの少しサイズが合わずうまくはまりません。これを目標数値で縛られている中で出荷しなくてはならないとなると、いったいどうすればいいのでしょうか?」

社長  「君はどう考えるんだ?」

ワーカー「それは社長の考えに従います。が、自分としてはとにかく目標数値をこなしていかなくてはならないので、できれば面倒なことはしたくないのです」

社長  「しかし、既にこのネジ自体が部品にはまり切らないことは君もわかっているわけで、お客様もクレイムをされているのだから、何とかしなくてはいけないだろう」

ワーカー「では、ネジを少し削るなどして若干小さくするというのは如何でしょうか?」

社長  「いいじゃないか、早速ネジを作っているラインの責任者に私から話しておこう」

ワーカー「ありがとうございます。目標を達成する必要があるので、出来るだけ早急にお願いします」

社長  「今後同じようにクオリテイに関することで何か君なりに問題を見つけた時に、上長、或いは私に相談をしてくれないだろうか?決して自分の判断で『目標達成のためにとにかく数をこなす』ということをせずに根本的な問題を解決するという意識を持ってほしいから」

ワーカー「承知しました。当然数値目標は達成しなくてはなりませんが、この会社のクオリテイに関する考え方や、我々のお客様がどういうリスクを抱えてしまう可能性があるか、など今後は考えて行動します」

この社長が対峙されたこのワーカーは比較的話を聞き入れてくれるやりやすいスタッフだと思われる方もいるかもしれません。「そうは言うけれど…」という気持ちは一旦横においていただき、社長が取ったプロセスを見ていただきたいのです。

お分かりの様にこのプロセスには時間がかかります。

色々な会社の様々な例を拝見しても、一回でこのように相手が腹落ちして言動を180度変えた、という例はあまりありません。しかし、根気よく機会を見つけては話を聴き、こちらも話をし、また他の社員達へのアプローチもするなど重層的に実施していくことで、スタッフが少しずつ心持を変えて変化をしていった例は、枚挙にいとまがありません。変化・変革においては一人目が一番大変なのです。社内の数名が同意し賛同し始めると、その変化の流れは一気に速度を増します。

一方で、皆さんは、それでも上段から叱って「こうこうしろ!」と言ったほうが早いと思うかもしれません。

実際に「うちの人間は叱ると動きます」という社長にお会いしたこともあります。しかし、内情を良く調べるとすぐわかります、それはその瞬間だけです。人は一方的に「命令」された場合、心から心酔するよりも、特に異文化におけるコミュニケーションにおいては、心の中で「押しつけ」だと感じたり、「恐怖」を感じたり、最悪の場合は「反発」の気持ちを生んでいることもあるのです。

であれば、時間をかけても「根幹となる会社の哲学や方針・ポリシー」からわかってもらえるように話をし、その場だけではなく、その後の言動にも影響を与えられるコミュニケーションを取り続けた方が結果的に効果があるといえるのです。

そして、それを根気よく続けた結果の先に「グローバル社会においても継続的収益向上」を自負できる体質・根底がしっかりと整ってくるわけです。

5.最後に

 

異文化コミュニケーションは言葉自体がとても大きな“ビッグワード”なので、「なんとも難しい」印象もあるとは思いますが、人間の一番奥底はみんな同じで「できれば苦しいことはしたくないし、幸せでありたい」ことを覚えておいてください。

とはいうものの、人としてというその一番奥底の上に乗っている層、つまり文化・価値観・考え方が「違う」ことは明確です。よって全体として「外国人とコミュニケーションを取るのは難しい」と考えるのは早計です。また異文化コミュニケーションを「言語さえできればそれでいい」と考えるのも早計と言えます。言葉はあくまでもツールです。言語能力とコミュニケーションは、切っても切れない関係ではありますが、言葉さえできればどんな外国人ともうまくいくという結論はフィリピン人の例でもお話しした通り、あまり肯定できません。

もし、今後ビジネスの場で、異文化コミュニケーションで悩まれる事態が発生した時には是非以下のポイントを紐解き、ビジネスとしての収益性からさかのぼって考えた時に、「今」どう動くのがいいのかか熟考してみてください。

  • 「異文化の外国人は難しい」というマインドセットをできるだけ忘れて、日本国内にも、ひいては家庭内にも「異文化」は存在する
  • 外国人との仕事の中で摩擦が起こった(起こりそうな)時には、まず自分の考え方や企業・仕事文化をきちんと言葉にして説明できるレベルまで自分が把握しているか確認する
  • 外国人に自分の考えや文化的な背景を伝える前にまず相手の話に耳を傾けて、そこで見えてくる「違い」を賛否なく受け止める
  • 相手とのGAPをきちんと把握したうえで、背景を始めとするこちら側の説明をし、同意或いはお互いに合意できるところまで持っていき、シナジーを高める努力をする
  • どこの国籍の人であっても、皆、一番底にある「人間らしい部分」は同じであり、その上に乗っている文化・習慣・歴史・価値観などが違うのだ、ということを常々意識する(「〇〇人」という意識、或いは「この人が悪い」という考え方はできるだけ排除すること)

今後もますます外国人と共に仕事をする機会は増え、それがいずれは日本国内においても、またどこの国に行ってもスタンダートになってきます。なぜならば、それが今後企業が生き残っていける道の一つ、王道、になってくる可能性が高いからです。この流れは、恐らく誰にも止めることができません。世界中の人が「自由」「公平」「能力発揮」という機会が手に入れられる場所を求めて世界を舞台にビジネスを繰り広げます。

そして、多くの外国人は、2017年の今日、もうこの「成功のコツ」を知った上で世界中で生き生きと仕事をしています。そういう成功した人たちは、今後どんどんと日本国内にも進出してくるでしょう。つまり、そういう荒波が今後更に日本国内にも、そしてもちろん海外で仕事をしている日本人達にも有無を言わせず降りかかってくるのです。

その時にここに書いたような思考と言動が当たり前にできるようになっていれば、「異文化だから」ということで感じるストレスを最小化し、日本国内で当たり前にできている良い仕事を、継続的に、誰とでも、どこででもできる、ひいては企業収益向上という結果をもたらし、働く我々一人ひとりにもその恩恵が巡り巡って戻ってくるという好循環を生むのです。

もう一度振り返ってみてください。あなたは、明日からどのように異文化コミュニケーション力を活用し、企業収益を上げ、最終的にあなたの生活もハッピーにしていかれたいですか。

(サンデイ齊藤)

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サンディ 齊藤
1994年渡星。アジア進出日本企業の日系企業らしいグローバル化・ローカル化を促進することをミッションに在アジア日本人駐在員向け、ローカル社員向けにリーダーシップ研修を核としたマネジメント研修を幅広く実施、その他企業戦略やMVVに即したグローバル化・ローカル化推進のための長期プロジェクトにも関わる。

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